埶 - 漢字私註

説文解字

埶
種也。从。持亟種之。『書』曰、我埶黍稷。徐鍇曰、坴、土也。魚祭切。
丮部

説文解字注

埶
穜也。『〔詩〕齊風・毛傳』曰、蓺猶樹也。樹種義同。从𠃨坴。會意。《土部》曰、、土塊坴坴也。𠃨字今補。𠃨持穜之。說從𠃨之意。魚祭切。十五部。唐人、樹埶字作、六埶字作。說見『經典釋文』。然蓺藝字皆不見於『說文』。周時六藝字葢亦作埶。儒者之於禮樂射禦書數、猶農者之樹埶也。又『說文』無勢字、葢古用埶爲之、如『〔禮記〕禮運』「在埶者去」是也。『詩』曰、我埶黍稷。小雅〔楚茨〕』文。

康煕字典

部・劃數
土部・八劃

『唐韻』魚祭切『集韻』『韻會』『正韻』倪制切、𠀤同。『說文』種也。

又六埶、才埶、𠀤詳藝字註。

又『廣韻』『集韻』『韻會』𠀤始制切、音世。與勢同。『禮・禮運』𠛬仁講讓、示民有常、如有不由此者、在埶者去衆以爲殃。《註》在埶、居尊位也。去謂不由禮而去仁讓及上著義考信著過五事也。『前漢・高帝紀』秦得百二、地埶便利。

異體字

或體。

音訓

⦅一⦆

反切
廣韻・去聲』魚祭切
集韻・去聲上・祭第十三・埶』倪祭切
『五音集韻・去聲卷第十・祭第十一・疑・四藝』魚祭切
官話
粤語
ngai6
日本語音
ゲイ(漢)
うゑる

⦅二⦆

反切
『五音集韻・去聲卷第十・泰第十二・審・三世』舒制切
『康煕字典』引『廣韻』『集韻』『韻會』始制切 (音世): 『廣韻』『集韻』に見えず。
官話
shì
粤語
sai3
日本語音
セイ(漢)
セ(呉)
勢と通用する。

⦅三⦆

反切
集韻・入聲上・𧀼第十七・孽』魚列切
『五音集韻・入聲卷第十四・薛第十・疑・三孼』魚傑切
蒔也。(『集韻』『五音集韻』)

解字

白川

會意。

『説文解字』にうるなりと訓じ、とに從ふとする。土塊を持ち、種藝する形と解するものであらう。

卜文の字形は苗木を奉ずる形で、金文はこれをに植ゑる形に作る。土は社の初文とも見られ、特定の目的で植樹を行ふ意であらう。すなはち神事的、政治的な目的を持つ行爲。《毛公鼎》には小大の楚賦(賦貢)を𬂴をさといふ。

『經典釋文』に、唐人は種蓺の字に、六藝の字にはを用ゐるといふが、二字とも『説文解字』に見えず、『説文解字』の𡎐(埶)も金文に𬂴に作る字であらう。金文では𬂴を遠邇の邇の字として用ゐる。

『説文解字』に埶聲として新附字を合はせて十一字を收めるが、聲義の通じがたいものが多く、聲の字と混亂してゐるやうである。

藤堂

(人が跪いて兩手を差し伸べたさま)の會意。人が植物を土に植ゑ育てる意を示し、不要な部分や枝葉を刈り捨てて、よい形に育てることを表す。のち、艹を添へてと書く。園藝のの原字。

落合

【補註】以下、落合が埶として言及する字形のほか、落合は別の字として解釋してゐるが、漢字多功能字庫が埶としてゐる字形についての解説を、合はせて揭げる。漢字研究ブログ: 殷墟甲骨文中の「遠」「𤞷(邇)」と関連字にもそれらの字形についての言及がある。

甲骨文は、坐つた人()が草()やを植ゑる樣子を表す會意字(補註: 隸定形は𬂤など)。原義は園藝。後には學藝や藝術の意味にも轉用された。の初文。

甲骨文での用義は次のとほり。

  1. 祭祀名。《合補》8155乙巳卜貞、王賓埶福、亡禍。
  2. 地名。第一期(武丁代)には反抗する記述もあるが、後に服從して殷王の狩獵地になつた。殷金文の圖象記號にも見える。《合補》9535王其埶入、不遘雨。

西周代には木の下にを加へ(補註: 𬂴の形)、植物を植ゑる樣子であることを分かり易く表現してゐる。秦代には木がとなり(篆文)、更に丮が丸に變はつて埶の形となつた。

また、西周代には丮をあるいはに替へた異體(補註: 𤞷の形)があり、西周代〜東周代には丮の下部をにした俗字があり、東周代には丮を略體にした字形や完全に省いた字形がある。

隸書で草を刈る意の芸を加へてが作られた。

また、植物が伸びる勢ひから轉じて、東周代以降には勢ひの意味でも使はれた。この意味では楷書で意符としてを加へた勢が作られてゐる。

《屯南》2170

【補註】落合は、《屯南》2170の字形を、に從ひ、丰(封)の異體字であるとするが、字は木と土と又に從ふ形。以下、その字形についての解説。

(丰/封の)甲骨文には既に手の形(又)を加へた字形があるが、用法が異なつてをり、狩獵を意味する𥄲とともに用ゐられることが多く、同じく狩獵を意味する。𥄲と組み合はせた合文もある。

《屯南》2170其𥄲、于東方封、禽。

「亡失字」

【補註】以下、(あるいは𦥑)、に從ふ形の字についての解説。落合は亡失字とし、『甲骨文字字典』では釋字として奉を用ゐる。

植物を手に持つた形の奏とに從ひ、植物を土に植ゑる樣。

後代の奉は奏にを加へた字で、字形に直接の繼承關係はないが、植物を植ゑた後の狀態を示すに上古音が近く(丰は幫紐東部、奉は並紐東部)、また字義として祭儀に関聯することから、釋字として用ゐる。

甲骨文では、植物を植ゑることを表す。祭祀儀禮の一種。《合集》5749…午卜古貞、…奉木。

漢字多功能字庫

甲骨文は(或は)に從ふ。丮は人が兩手を前に伸ばすさまに象り、埶は人が兩手を伸ばして草木を植ゑる形に象る(羅振玉、裘錫圭)。あるいは人の形を取り去り、人の兩手を表すに從ふ。金文の人の形はあるいはを加へ、止は後に訛變してとなる。戰國秦系文字の埶の從ふ木は訛して圥の形となり、小篆はこれに從ふ。『説文解字』は誤つて埶がに從ふとする。

埶の本義は植ゑることで、の初文。甲骨文、金文では本義に用ゐる。

埶は設と通ず。

屬性

U+57F6
JIS: 1-15-52
JIS X 0212: 23-85
𡎐
U+21390

關聯字

埶に從ふ字を漢字私註部別一覽・丮部・埶枝に蒐める。