年 - 漢字私註

説文解字

秊
穀孰也。从聲。『春秋傳』曰、大有秊。
禾部

康煕字典

部・劃數
干部三劃
古文
𠫺

『唐韻』『廣韻』奴顚切『集韻』『類篇』『韻會』寧顚切『正韻』寧田切、𠀤撚平聲。『說文』本作。穀熟也。从禾千聲。『春秋・桓三年』有年。『穀梁傳』五穀皆熟爲有年。『宣十六年』大有年。『穀梁傳』五穀大熟爲大有年。

又歲也。『爾雅・釋天』夏曰歲、商曰祀、周日年、唐虞曰載。《註》歲取星行一次、祀取四時一終、年取禾一熟、載取物終更始。《疏》年者、禾熟之名。每歲一熟、故以爲歲名。『周禮・春官』正歲年以序事。《註》中數曰歲、朔數曰年。《疏》一年之內、有二十四氣。節氣在前、中氣在後。節氣一名朔氣。中氣帀則爲歲、朔氣帀則爲年。『左傳・宣三年』卜年七百。

又齒也。『釋名』年、進也。進而前也。『禮・王制』凡三王養老、皆引年。《註》引年、挍年也。『左傳・定四年』武王之母弟八人、周公爲太宰、康叔爲司宼、𣆀季爲司空、五叔無官、豈尚年哉。《註》言以德爲輕重、而不以齒爲先後也。

又姓。『萬姓統譜』永樂中有年當、懷遠人、歷官戸部尚書。

又叶禰因切、音紉。『前漢・敘傳』封禪郊祀、登秩百神。協律改正、享兹永年。『崔駰・襪銘』長履景福、至於億年。皇靈旣佑、祉祿來臻。

又『集韻』乃定切、音佞。人名。『公羊傳・襄三十年』年夫。『釋文』年音佞。二傳作佞夫。

『集韻』亦書作。唐武后作𠡦

部・劃數
厶部八劃

『字彙補』古文字。註詳干部三畫。

部・劃數
禾部三劃

『唐韻』奴顚切『集韻』寧顚切。𠀤年本字。『說文』穀熟也。从禾、千聲。『春秋・宣公十六年』大有秊。『穀梁傳・桓三年』五穀皆熟爲有年。《疏》取歲穀一熟之義。

『正字通』俗俱作

異體字

或體。

いはゆる則天文字

音訓

ネン(呉) 〈『廣韻・下平聲・先・秊』奴顚切〉
とし。よはひ。みのる。みのり。

解字

白川

の會意。禾は禾形の被り物で稻魂。これを被つて舞ふ人の姿で、祈年の舞をいふ。男女相偶して舞ひ、女にはといふ。低い姿勢で舞ふ。子供の舞ふ字は季。農耕の儀禮に男女が舞ふのは、その性的な模擬行爲が、生産力を刺戟すると信じられたからである。『詩・周頌・載芟』は、廟に神饌を供する神田における耕藉の儀禮を歌ふもので、思媚其婦、有依其士。(其の婦に思媚す、依たる其のをとこ有り)とは、そのやうな男女の舞をいふものであらう。豐年を豫祝する舞であるから「みのり」の意となり、一年一熟の禾であるので、一歳の意となる。

夏には歳、殷には祀、周には年といふ。歳、祀はともに祭祀の名。その時期や期間の關係から、年歳の意となつた。

年は稔。説文解字に聲とするが、卜文の字形では下部を人に作る。熟穀の意には稔の字を用ゐる。

藤堂

(稻)と音符の會意兼形聲。人は、ねつとりとくつついて親しみあふ意を含む。年は、作物がねつとりと實つて、人に收穫される期間を表す。穀物が熟して黏りを持つ狀態になるまでの期間のこと。

落合

甲骨文は、を揭げてゐる形(補註: の形に作る)の會意字。人亦聲。原義は穀物の收穫であり、みのりと訓ずる。

甲骨文には戰果を意味する[⿰人⿱𠂤冉]の略體([⿱𠂤冉])を加へた異體も見られ、抽象的に收穫を表現したものと思はれる。或はは上古音で年と同じ紐とする説もあり、聲符の追加かも知れない。

甲骨文での用義は次のとほり。

  1. みのり。穀物の收穫。《天理大學附屬天理參考館 甲骨文字》95辛卯卜王貞、來歳、邑受年。四月。
  2. 借りての意。

金文で下部の人がに變はり、更に隸書で禾と千が混合した。千に從ふ後起の字は形聲字に當たる。

穀物の收穫が一年に一回であることから周代には年數を表す字となつたが、殷代には一年の意味では歳や祀が用ゐられ、年は使はれてゐない。

漢字多功能字庫

現在通用してゐる楷書の年字は、字形から見て、純粹な「記號字」と見ることができる(參・裘錫圭)。比較的早期の字形の形符や聲符は既に元のとほりには見えない。康煕字典は字を干部とするが、やむを得ない。

甲骨文の年字はを負ふさまを象り、の形に作る。人は義を表しまた音を表す(參・王輝、沈培; 按ずるに、人、年は閩南語の幾つかでいまなほ同韻)。秂は『玉篇・禾部』に欲結米と訓じ、『集韻・真韻』に禾欲結者と謂ひ、禾の將に結實すること。二字書の訓ずるところと秂字の構形初義は暗合(思ひ掛けず一致すること)する。禾が熟し、刈り入れ、束と成し、人まさに禾を負ふ。故に秂の形構本義は穀が熟し刈り入れること。また一年中の農作物の收穫を指すこともできて、この意は後世用ゐる豐年、年景、年成などの語に保存されてゐる。また禾穀は每年一度熟するので、時を記すのに用ゐる。

西周以後、金文の字形が變形し、原初從ふところの人の形の中央にあるいは圓點を增し、あるいは橫劃を加へての形となり、秊の形に作る。この形は、睡虎地簡、小篆の承ける所である。金文に千の形の下に一劃を加へるものがあり、變形して𡈼の形となる。一説に、古文字は時に橫劃を增し、人から千に、千から𡈼に變形したことに意味はないといふ(參・李孝定)。戰國文字に下部をに從ふ形につくるものがある。

小篆は禾に從ひ千聲。王輝は、千はに從ひ人聲、年は人聲の派生字、故に人と同音、とする。

馬王堆漢墓帛書の年字は後世のの形と少し似てゐる。東魏の楷書に年字を禾とに從ふ形に作る(見・高湛墓誌)。現在通用する楷書の年字と形の近いものは南朝の時に既に見える。蕭憺碑など。

甲骨文での用義は次のとほり。

金文では年を年歳の年に用ゐ、「萬年永寶」の成句がある。

西周では禾、人の二字を年に用ゐる例があつた。

戰國文字では、年字は人名や本義に用ゐるほか、みな時間單位に用ゐる(參・何琳儀、陳秉新)。

戰國の年字と農作物の收穫の豐作であるか否かには緊密な關係があり、説文解字はこの一點が要を握ると理解し、その説法は傳世文獻と十分に合致する。説文解字に『春秋傳』曰、大有秊。とあるのは、按ずるに『春秋經・宣公十六年』を指し、「大有年」の意については『春秋公羊傳・四・桓公三年』彼其曰大有年何? 大豐年也。が參考にできる。何休注に謂五穀皆大熟成。と曰ひ、「大有年」とは「大豐年」のことで、五穀が成熟し、大豐作となる年をいふ。「有年」の意については『春秋穀梁傳・桓公三年』有年。五穀皆熟爲有年也。が參考にできる。

古人は農作物の收穫を重視してゐた。彼等の豐年に對する祈求からそれを窺ひ知ることができる。『周禮・卷廿四・籥章』凡國祈年于田祖鄭玄注祈年、祈豐年也

屬性

U+5E74
JIS: 1-39-15
當用漢字・常用漢字
𠫺
U+20AFA
U+79CA
JIS: 1-89-38
U+412D
U+412D

関聯字

年聲の字