■ 日 暮 ら し ■

 

 

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無花果の園

正門

 
■2001/08/08 (Wed)

 
恐らくはどうすることもできないのだった。
その郵便局は封鎖されてしまって以来、誰も手紙を送ることはできなくなっていた。手紙の束は家にあった。しかし、送ることはできなかった。投函するのは捨てるも同じだった。
いつ封鎖されたのだったかは記憶にない。以前は手紙を送ることができていた。送ることができるということは、送った手紙が届いたということに他ならない。届かぬ手紙なら、送ろうが、捨てようが同じことだ。今すぐ投函して見てもいいということだ。
しかし、封鎖されて以来、郵便局の中には、蔦がはびこり、もう、ポストの蓋を開けるわけにはいかないのだった。ある時無理やりポストの蓋を開けて、手紙を押し込んでみたことがあったが、その手紙がどうなったかは分からない。それに、あれは、郵便局が封鎖される前のことだったかもしれない。
分かっていることは何一つない。ただ、郵便局は封鎖されたのだ。割れたガラス窓から蔦が這い出してきたのを見た時、それが分かった。恐らく、そうだ、と。
扉の前で、こそりと歌を歌って見た。もし歌を聞きつけたなら、誰かが出てきて問うかもしれない、問うたなら、その時は手紙を押しつけてやろう。
だが、今更、この便箋に何と書くのか。

知る筈もない。
郵便局が開いていた時分には、書くことなど何一つなかった、何かしら書こうと文字を書きつければ、手紙には、硫酸で焼いたかのような黒焦げの穴が残るばかりだった。
切手を買い求めて見る。美しい切手を買い求めるたび、引き出しはいっぱいになっていくのだ。切手には蜘蛛の模様がついている。それで、その模様から巣が吐き出されて、引き出しの中に埃のついた城を作り上げているのだ。蜘蛛の巣にとまった蛾の死骸は干からびている。その粘々した城壁を壊して、切手を取り出す。

届いたところでどうなるものではない。送り先は神殿なのだから。神殿では、届いた手紙は供養されているに決まっていた。燃えた言葉が立ち昇ると、煙が流れてここまで戻ってくる。だから、それで、どうすることもできない。ただ、再び手紙を書くのだ、選び取った紙に、選び取られたペンで。不用意な言葉を。それは既にして焼け焦げている。穴である。そうだ、燃えたものの匂いが好きなのだ。それで書いている。

けれども、今夜は婚礼の夜だったので、人々は手足にリボンを結いつけて、賑々しくもスパンコールを鳴り響かせて出かけて行く。私も特別な薄用紙の便箋と濃緑のペンを用意して出掛けた。人々は冷たい飲み物を啜り、塩辛い種を食べながら、広場で押し合った。ライトの光がぽたぽたと垂れる。
誰かの水が便箋にはねかかり、それで薄用紙は縮れてしまったけれど、私は気にしなかった。少し濡れていたなら、もうこの紙も燃え上がりはしないだろうから。
太鼓が叩かれると、人々が踊った。笛が鳴ると、吊り上げられるように腕を伸ばし、体を反りかえらせた。歓声が上がる。花嫁と花婿は壇上に飾られてそのスペクタクルを見ていた。不本意な見世物である存在故に、彼らもまた、繰り広げられる劇を見ているのだ。夜の明かりに照らし出されて。けれども、花嫁と花婿ならばまだましだ。

婚礼が終わると、急ぎ足で郵便局へ向かった。もしも、郵便局が開いていたら、大声で歌おうと思った。手のひらには、手紙と薔薇がある。薔薇の花を千切って撒き散らすのだ。薔薇の花びらをしきつめて。薔薇の花びらをしきつめて。薔薇の花びらをしきつめて。
道を下って辿りつくと、郵便局は暗かった。割れた窓から生い茂る緑を見るまいとした。ゆっくりと見ないように建物の周りを回った。通りすがりの人が教えてくれるかもしれかなった。それは随分以前に閉められたと。聞かずとも分かっていたのに。
手紙を見ると、濡れた用紙に書いた文字は、溶けてしまっていた。ただ、文様が残っているだけだ。

もうペンなど手にすることは二度とないだろう。

 

 

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