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無花果の園

正門

 
■2001/02/11 (Sun)

 
昨日の午後のことだった。白昼の光差すメディナには人影がなかった。全ての音は蒸発してしまっていた。冷たい光。
ゴミが風で舞っている細い路地を歩いて行った時、そこにいたのだった。それは一つの形なのだと知っていた。

森の中で一本の木が倒れたと言う。その木が倒れる音は誰も聞かなかった。その時、音は。木の倒れる音は、そこにあったのだろうか。
木はそこにあったのだろうか。
誰も聞いたことのない音を立てて倒れた木は。

今日、メディナの出口にほど近い小路で、人々は木の椅子を並べてドアの側に座っていた。そんなにも大勢の人が集まりながら、珍しく静かだった。家の中から読誦の声が漏れ聞こえてくるだけだった。
ああ、きっと葬式だ。と思った。メディナを抜けたところに向かってくる道路には何台も車が停められている。人もあちらこちらから歩いて集まってくる。皆、様々な色の混じった普段の服装だったが、そもそも喪服などと云うものはないのだから、それでも葬式は葬式に違いなかった。それとも新たに産まれるものを待っているとでも言うのか。

昨日、その午後に、メディナを通った時は静かで人影もなかったのに。晴れていて、日差しがあって、暖かだった。真昼のことで、通りには誰もおらず、皆、昼食を取りに家に入っているのに違いなかった。鶏を煮た香辛料と脂の匂いが流れていた。
と、そこに子供がいたのだった。小さい子供だった。
行く手を阻まれ、凝視していると、その子供は何か言った。口が動いていた。何を言っているのか一つも分からなかったけれども、子供は何かを言っていた。何一つ分からないでいるのに、それでも、なおも言い募るのだった。
何かを訴えていたのか。多分、そうだったのだろう。何かを訴えているのだということだけは分かった。
両手を突き出して叫んでいたのだ。
けれども、その声のどの一言も。分からないのだった。

今日、椅子に座った人々はやはり無口で何も言ってはいなかった。
そして、小さな棺が出てくるのを待っていた。
それではあの子供は死んだのだ、と通りすがりながら思った。あれは何だったのか。
叫んでいた声を聞いたものは誰もいなかった。昨日の昼間は小路に誰もおらず、誰も何と叫んでいたのか分からなかったのだ。そんな叫びに何の意味があったのだろうか。そして、それは子供でさえあったのかも分からない。それは一言も分からない言葉だったのだから。

通り沿いのゴミ箱に入っていたチョコレートの包み紙が風で舞いあがった。激しく巻き上げられて、空へきらきらとした紙片は飛び散った。
そんなものはいなかったのである、と気付いた。そうだ、聞こえない音がなかったように、誰も聞いていない叫びはいなかったのである。
それが子供であると誰も知らない。
紙片の竜巻が渦巻いて昇るその先に、雲の切れ間に、光が差しこんでいる。そうだ、そこからきっと降りて来たに違いない。そしてあれも葬儀ではないのだ。喪服を着ているものなどはいないのだから。何のために集まっているのか分からないが、人々は集まっている。待っているのだろうか。降りてくるものを。
道路を足早に渡ると、雲の切れ目が閉じて、急に暗くなった。

 

 

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