■ 日 暮 ら し ■

 

 

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無花果の園

正門

 
■2001/05/07 (Mon)

 
その朝、私の耳には歌が響いていた。突き刺す歌が。どこから流れてるくるのでもないから、きっと、おそらくは、この脳に接続された蓄音機にそのレコードが選ばれてかけられていたのだろう。
誰に? という問いにはつまづいてしまう。いつこれが接続されたのかも分からないのだから。

路上で音楽が鳴っていると、耳が一杯になるけれども、それで隙間が全て満たされると言うわけではない。馬車の音に乱されたり、動物の悲鳴に遮られたりする。そうだ、その方が良いのかもしれない。この歌がたとえ好きであったとしても、この音楽は自分でかけてはならないからだ。このレコードを自ら手に取るなんて、大した冒涜だ。一体誰がかけたのか、そして、この歌が好きなのかどうかなど分かる筈がない。

けれども、あの、捨てられた家に黄色い花がいっぱいに群れ咲いていたように、音楽は止まない。傍若無人なまでの草の枝が瓦礫の全てを支配する。
道端で、煙草を一本買い求めた。火と煙。
この道路は真っ直ぐだった。僅かに勾配があったので、その坂の向こうがどこに続いているのかは分からない。火と煙。苦い汁が口の中に広がるにつれて痺れて行くのだ。

そのまま。
カフェオレのグラスに角砂糖を二つ入れている人々の横を通り過ぎた。砂糖には茶褐色の液体が染みとおり、砕かれてざらざらと、そして掻きまわされて消えて行く。もう戻れないのだ。午前の光の中でも。

人は何故中毒を愛するのだろうか。

勾配の頂点と思った交差点に近づくにつれ、その先の風景が開けてくる。砂埃に霞んだ視界の向こう、白塗りの背の低い四角な家並みが汚れていく。白い壁は茶色になり、煉瓦と灰色の漆喰を剥き出しにし、そしてその先では窓と壁を失い、崩れ、ついには遠慮なしに伸びて行く草の中に埋もれて行く。
舗装されていない道路にも、生い茂った緑の丈高い草は黄色の花を満開につけ、アーチのように絡み合い、縺れ、そして光を失った下繁えと腐り落ちている。

煙草は尽きて道路に落ちた。交差点では僅かな待ち時間を立ち尽くす。歩みは止まっても止まない。音楽だ。音楽。舟は燃えていると歌う。
「海はどうやって行くのですか」と手を繋いだドイツ人の老夫婦が尋ねる。
いつレコードの針を落としたのか知っていても知りたくはないと、答えた。罪は贖わねばならない。

 

 

無花果の園
正門