あなたに触れたい。
けれどもそれはできなかった。昨日は日曜日だった。私は昼間から眠っていて、もう時間の感覚がなかった。電話を取ると、彼女の声がした。
彼女は言った。今夜はすぐここに来なさいと。もちろん、諾(ウィ)と言うしかなかった。そうだ、答えを選択できない質問というのもあるものなのだ。手が震えた。
それで、服を着ていた。何の服を着たのだったろうか。思い出せない。とにかく、それは一番良い服だったはずだと思う。とにかく、その服しか着るものはないはずだった。
どうやってドアを開けたのか、どこへ向かって歩いたのだったかも思い出せない。鍵は閉めたのだろうか? きっと閉めたはずだ。それを確かめる暇はなかった。
夜の通りには人々が出歩いていた。街にはあちこちに華やかな電飾が灯っていて、なぜだか知らないが、人の声が大きく響いていた。おかしなことだ。何故なら、今夜は何のお祭りでもないはずなのに。
明るいカフェで、一番目立つ席に、彼女は座っていた。白い円卓には一人ではなかった。何だろう、これは。何が言いたいのだろう。一つのテーブルに二つの椅子。二人の席。空席はない。
私は隣のテーブルから椅子を引き寄せて、彼女の前に座った。彼女は目を上げて、どうして来たのかと問うかのように、わずかに目を細めた。呼んだくせに…。電話して呼んだでしょう。と、言いたかったが、言えなかった。本当にそうなのかどうか自信がなくなった。確かに電話を取った、と思ったのだけれども、眠っていたから、ずっと眠っていたのだから、分からない。
「ああ、来たの」と彼女は一言言う。でも声はとても普通で懐かしい。ひどく普通の声だった。すぐに連れの方を向いて、微笑でもしそうなほどだった。
立ち上がれもしないし、とどまることもできない。このカフェの騒がしさ。
ギャルソンが盆を持ってやってくる。熱いお茶のグラスをテーブルに置いた。彼女は金色の硬貨を渡す。細く白い指先が、私の手の先をかすめていく。
私は、長い間電話を待っていて、毎夜待っていて、そして、電話しようと、夜、電話しようと思っていたのに、電話番号さえも教えてはもらえなかったことを思い出した。私は長い間電話を待っていた。
夜の灯りの中で、彼女の白い横顔がいっそう白く、美しく、私はもう、はっきりとその顔を思い出していた。白く冷たい、あの美しい横顔を。幾度も眺めたのと同じように。何も変わることなく。
私が立ち上がる時も、彼女は気にとめなかった。
分かっていた。
知っていたのだ。
ただ、なぜ呼んだのかだけが分からなかったのだ。
夜、ただ一人で歩いて、戻る、道のり。
ぼんやりした灯りの中。息を切らせて目を覚ますと、枕もとで電話が鳴っていた。私は震える手を伸ばしたけれども、部屋は静かだった。
なぜ、あなたはこんな目に合わせるのですか?
鳴ってもいない電話を取り上げて訊いてみる。
電話して、電話して、電話して、電話して、電話して。
誰もいない。
あなたに触れたいと思ったけれども、それはできなかった。
私はもう、最後に、いつ、電話が鳴ったのだったか、思い出せなかった。