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無花果の園

正門

 
■2001/01/05 (Fri)

 
今日は朝から天気も良く、気分も晴れていたので、朝のお茶の時間を庭のデッキチェアで取った。それから、そのまま穏やかに隣の家の椰子の木の実でも数えようと思っていた。

全ては定められた回路なのだ。接続不良になればそれは壊れていると言うしかない。しかし、流れ巡る電流それ自身は、どのようにそのことを知ることが出来るのだろうか。
壊れている、と。

庭にはいつの間にか沢山の蟻がいた。その巣はどうやら家の庭に面した入り口のところにあるようで、扉の下には掃いても掃いてもなくならない、土の細かい山が盛られているのだった。
巣を目指して蟻は行進する。庭の一方の端から端へと。気の遠くなるような行程を飛んでゆく。
蟻の部族とは何なのだろう。デッキチェアから眺めながら、ふとそう思う。行き交う蟻の二つの流れの中で、誰と話し、誰と話さないか、全ては既に決められている様だった。
一匹目と話した後は、次の隊員は通り過ぎて避ける。中には忙しさのあまり、二匹一度に飛ばしてゆくこともある。
挨拶を怠ることへの罪悪感がよぎったりもするのだろうか?
全ての蟻が規則正しく、挨拶、無視、挨拶、無視、という繰り返しを歩き、目的地へ一散に向かう。
合理的な挨拶が羨ましかった。

庭には、一つの植木鉢が置いてあった。植木鉢の傍で、その蟻は戸惑っていたのだ。
デッキチェアに座って、見ていた。
その蟻は、よろめいて植木鉢へ何度も頭をぶつけていた。それだけでも異常なのに、他の蟻と話そうともしないのだった。
時折、群れからはみ出してしまうような気儘者が、植木鉢の傍らにやって来る。彼/彼女は、その蟻に触って、何事か尋ねる。けれども、そのまま通り過ぎてしまうのだ。
ただ、その蟻だけが、たった一匹の蟻だけが、何度も何度も何度も何度も植木鉢に身体をぶつけては引き返し、他の道に気づいたかのように、正道に混じっては見るものの、また引き寄せられるように、よろよろと植木鉢を目指すのだ。まるで鉢の下にもぐりこみたいかのようだった。

再び、一匹の蟻が道を外れてやって来た。元気でせかせかした足取り。こういうのを蟻らしいというのだろう。
その蟻が、植木鉢の蟻と出会い、交信した。すると、まるで、引きずられるかのように、その蟻も、植木鉢を探索に取りかかったのだ。足取りも先ほどの元気さはどこへ行ったものか、奇妙にもどかしい。まるで躓いているように、上手く動かせないでいる。
伝染病なのだろうかと思った。
しかし、惑わされた蟻は、それでもしばらくうろうろとしていたが、ついに何も見つからないと知ると、そのまま元のせかせかした速足に戻り、列の中へと紛れ込んで行った。
ただ、最初の一匹だけが、探し続けていた。
哀れみ。
失われた王国が、そこにあるとでも言うかのように。

そうだ、おそらくは廃墟だった。
かつて住んだ王国がある筈のその土地。目にした栄華が失せた痕跡。それを嗅ぎつけたのだ。
長い間、探してきた。始めからなかったと言われながら、探していた、故国の痕跡。
植木鉢に沿って、わずかな窪みがあるのが窺えた。あの蟻がきっと歩き回った後に違いない。幾度も幾度も幾度も幾度も、よろめき繰り返した彷徨と探索の足取りが溝を作ってしまったに違いなかった。
動く筈のない、植木鉢の僅かな隙間に頭を差し入れて探る。何があるのか、誰を探していると言うのか、このままその溝を掘り続けようと言うのか、シャトー・ディフの下を掘るように。けれどもそれは脱出ではなく、閉ざされるための。

植木鉢を持ち上げて見た。何もない。
蟻の巣の後でもあるものかと思ったが、何もなかった。ただの石張りの庭に、植木鉢に沿って丸い跡が出来ているだけだ。
不意に、探索していた壁を失って、よろめく蟻は、盲滅法歩き回った。探しつづけていた場所に辿りついたのか。それとも。
いや、もう壊れているのだ。もう、これ以上嘆くのは止めなさい。探しているものはここにはないのだから。これは失われた王国ではない。これは痕跡ではない。探して戻れるところにはない。それは失われてもう二度と会えないのだから。もう終わってしまったのだ
晴れているので憐れむ気持ちもあるのだろうと思った。
植木鉢を置いて、蟻をすり潰した。
これでもう、嘆く必要はない。もう待たなくてもいいのだ。もう待たなくてもいい。もう、二度と。
石畳に刻まれた薄い溝を見ながら、一匹の蟻がここまで刻みこんだその足取りに驚きを感じずにはいられなかった。

 

 

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