虡 - 漢字私註

説文解字

𧇽
鐘鼓之柎也。飾爲猛獸、从象其下足。
虍部
𧇽或从聲。
𧆾
篆文𧇽省。

康煕字典

部・劃數
虍部八劃
古文
𧇆

『唐韻』其呂切『韻會』臼許切、𠀤音巨。『廣韻』同𧇽、飛𧇽、天上神獸、鹿頭龍身。『說文』云鐘鼓之柎也。『玉篇』鐘磐之𥞂、以猛獸爲飾也。『詩・大雅』虡業維樅。《傳》植者曰虡、橫者曰栒。『前漢・司馬相如傳』立萬石之虡。『師古註』立一百二十萬斤之虡、以懸鐘也。

或作。『爾雅・釋器』木謂之簴、所以挂鐘磬。

又作𣝛。『後漢・輿服志』𣝛文畫輈。

『說文』本作𧇽。『玉篇』作𧆾。『集韻』亦作𨯼

部・劃數
虍部八劃

『玉篇』古文字。註見本畫。

部・劃數
竹部十三劃

『集韻』『正韻』𠀤臼許切、音巨。簨簴也。『周禮・春官』典庸器祭祀、帥其屬而設筍簴、陳庸器。

亦作。『周禮・冬官考工記』梓人爲筍虡。又臝者、羽者、鱗者、以爲筍簴。『釋名』所以懸鼓者、橫曰簨、縱曰虡。虡、舉也。

『廣韻』本作𧇽。天上神獸、鹿頭龍身。懸鐘之木刻飾爲之、因名曰虡。

部・劃數
虍部十二劃

『廣韻』同。『說文』从虍、異象其下足。詳虡字註。

又『類篇』逸職切、音弋。人名、魏有荀𧇽。

部・劃數
虍部七劃

『六書正譌』籀文𧇽字。『玉篇』作。詳𧇽字註。

部・劃數
金部十三劃

『廣韻』其呂切『集韻』『正韻』臼許切、𠀤音巨。與同。鍾鼓之柎也。『史記・秦始皇紀』收天下兵、聚之咸陽。銷以爲鍾鐻。《註》鐻、音巨。

又『廣韻』『集韻』𠀤居御切、音據。樂器。形似夾鍾、削木爲之。『莊子・達生篇』梓慶削木爲鐻、鐻成、見者驚猶鬼神。《註》鐻、音據。樂器也。

又『集韻』『正韻』𠀤求於切、音渠。『集韻』金銀器名。『山海經』靑要之山、䰠武羅司之、穿耳以鐻。『郭璞曰』鐻、金銀器名。『後漢・張奐傳』遺金鐻八枚。《註》鐻、音渠。食器名。未詳形制。『左思・魏都賦』鐻耳之傑。

又『廣韻』九魚切『韻會』斤於切、𠀤音居。義同。

部・劃數
金部十七劃

『集韻』臼許切、音巨。與同。鍾鼓之柎也。飾爲猛獸、从虍、異象其下足。

音訓

キョ(漢)
かねかけ

解字

白川

象形。鼓鐘の類を懸ける樂器懸けの臺座に、獸形の裝飾を加へ、下に柎足のある形を象る。虎形のところは豦、獸形の奮迅する象。下は柎足。近年出土の中山王墓の遺品にその類の器が多く、金銀の象嵌を加へてゐる。

説文解字に𧇽を正字とし、其の下足に象るとするが、異は豦の正面形で、器を翼戴する形、豦はその側面形。

金文の《郘鐘》に余が鐘を作爲す。〜喬喬たる其の龍、旣に鬯虡を鑄る。大鐘旣に懸け、玉𬬤(磬)、鼉鼓あり。(一部下揭)と見え、臺座に龍飾を加へてゐる。虡はまた虡業といひ、『詩・周頌・有瞽』に設業設虡(業を設け虡を設く)と見える。また筍虡、簨𧇽などの名もあり、『周禮・考工記・梓人』に簨𧇽の制作法を記してゐる。

金文の《匡卣》に象虡、『禮記・明堂位』に龍簨虡の名がある。

形聲。聲符は

説文解字に𧇽を正字とし、虡、鐻の二篆を重文として錄する。

藤堂

(兩手)と(臺の形)と音符の會意兼形聲。虎や猛獸の繪を描いた臺。

一説に擧と同系で、樂器を持ち上げる臺とも。この場合、單なる形聲字。

と音符の形聲。くぼみのある掛け臺のこと。

漢字多功能字庫

小篆は、あるいは虍と共に從ふ。金文の上部は虍、下部はに從ふ。本義は古代の鐘磬などの打樂器を懸ける架子の兩側の柱。後代の學者は多く説文解字の从虍,異象其下足の説を取らない。金文の字形を見るに、虡字の下部は、人が兩足を左右に開き、兩手を高く擧げて物を戴くさまを象り、故に朱德熙や裘錫圭は虡字は𧇽字の省略形ではなく、金文の虡字の下部の形態は異と良く似てゐるので、虡字の訛誤が虍と異に從ふ𧇽となつたとする。于省吾は虡字の下部は擧の古文で、持ち上げるの意を表すとする。曾憲通は、曾侯乙墓より出土した編鐘の鐘虡は人が立ち高く兩手を擧げて橫向きの筍(樂器の懸け竿)を支へるさまの像で、虡字の構形はこれを良く表してゐると指摘する。虡の足部には多く獸形の彫刻が加へられたり圖案が裝飾されたりしてゐるので、虍を意符に加へる。一説に、虍は聲符であるといふ。楚竹書の虡字は形が更に簡略化されてゐて、戰國のときの乘字に幾分似てゐる。

古代の鐘、鼓などの打樂器はいづれも木架に懸けられ、木架の橫樑を稱して簨あるいは筍といひ、兩側の柱を稱して虡といつた。『禮記・檀弓上』有鐘磬而無簨虡。鄭玄注橫曰簨、植曰虡。 派生してひろく鐘磬を懸ける架子のことを指す。『新唐書・禮樂志』磬虡在西、鐘虡在東。後にまた鐘鼓の編組の量詞となつた。『宋史・樂志』按『唐六典』天子宮架之樂、鎛鐘十二、編鐘十二、編磬十二、凡三十有六虡。宮架之樂は宮廷音樂のことで、『唐六典』に據れば、天子の享受すべき宮廷音樂の樂制は鎛鐘十二組、編鐘十二組と編磬十二組、あはせて樂器三十六組であるの意。

金文での用義は次のとほり。

楚竹書では虡を據に當てて讀み、人名に用ゐる。《上博竹書六・競公瘧》簡1割(會)痰(讉)與梨(梁)丘虡(據)言於公曰。會讉と梁丘據は齊景公の寵臣。會讉と梁丘據が齊景公に對して言ふ、の意。

秦簡では虞を以て虡となし、鐘磬を懸ける架子と解く。《睡虎地秦簡・秦律十八種・司空》簡125縣、都官用貞(楨)、栽為傰(棚)牏,及載縣(懸(鐘虞〈虡〉用膈、皆不勝任而折。は、縣、都官の用ゐる木棍、築牆に用ゐる木板、鐘鼓を懸ける架子の橫木、いづれも負荷に勝てず折れてしまつた、の意。

説文解字は鐻を虡の異體字とする。『資治通鑒・秦紀二』收天下兵聚咸陽、銷以為鐘鐻金人十二。胡三省注鐻與虡同。鐘鐻金人とは兵器を鎔かして得た青銅で鑄造した人の形をした鐘を懸ける柱のこと。秦始皇帝は天下の兵器を咸陽に集め、それらを十二の鐘を懸ける柱として用ゐる銅人に鑄造しなほした、の意。

屬性

U+8661
JIS X 0212: 58-33
𧇆
U+271C6
U+7C34
JIS X 0212: 50-79
𧇽
U+271FD
𧆾
U+271BE
U+943B
JIS: 2-91-44
𨯼
U+28BFC