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D S N C 無花果の園 |
誰もが知っているのに、その人だけは花の名前も知らないようだった。冷たい銀と柔らかな翡翠。その人はどんな狂騒の中でも静かだった。熱風の最中では、冷たい泉の水の中に、人は激しく幻想を投影するものだ。ましてや幾日も続く砂嵐の最中では、奇妙な偶像が光りを帯びる。冷たい銀と柔らかな翡翠。
もしも香水がきつくなければ? それもまた過ぎ去った疑問でしかない。 一壜の香水を買い求めて使い始めたのは秋だった。冬も間近く、その甘い香りが寒気の中では豊かな赤い果実のように思えた。花には花粉がたっぷりとついていて、砥の粉のように撒きあがり、つねに青金色に霞んでいた。
ある時、ある人が言った。
今、埃だらけの街の中では。濃厚な香油を塗りこめたアラブ人で満ちている。喧騒と猥雑。豪奢であればあるほど美しいとされる絢爛の美学。その中では私の香水などは何ほどでもなかった。淡く立ち昇って消える一条の煙のようだった。もう今は思い出すことなどないだろう。 最後にその人からもらった紙の一枚にアラビア語が記されてあった。あの、ゆったりとした囁きに近い静かな声が思い出された。冷たいような言葉の中に含まれた柔らかな響きが耳のうちから呼び起こされた。
夜、香水をまとって眠りに落ちると、夢を見ることがある。その人は喧騒の中を歩いている。突き刺す警笛と騒擾の中を静かに歩いていく。そのまま去っていくのだろう。これは一瞬の照り返しのようなものだ。どんなに強烈でも、すぐに失われてしまう。
Parfum◆香水
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