昨日教わった通りに、駅から真っ直ぐに村の中へ向かった。水田の中の畦道。道はぬかるんでいた。暫く歩くと汗が出て来る。照りつける太陽。耳鳴りと頭痛。温くなった水を一口飲んだ。
村の通りへは直ぐに出た。遊んでいた子供がこちらを見て逃げて行った。野菜を並べた店が幾つかと、小さな機織の店。泥を被った壁。割れた西瓜に蝿が群がっているのを棕櫚でゆっくり追い払っている。木陰で休んでいる老人。英語を話すものなどとてもいそうにない。この駅が本当に正しい駅なのかすら分からなかった。数え間違えているのかもしれない。微かにそよいだ風に、どこかで鈴のような音が鳴るのが聞こえてくる。
戻ることは出来ない。帰りの列車は夜になる。通りをそのまま進んで行った。それからふと、流れてくるスープの匂いに腹が減っているのに気づいた。昼時は過ぎていた。照りつける太陽に長い間我慢できるものなどいる筈がない。その匂いの元である飯屋は大きな樹木の影にあった。
店先の木陰に置かれた卓に席を取った。日陰に座ると、少し頭痛は納まった。卓や椅子に寄り集まる蝿を手で追いながら、丼の麺を差して、一つ、と指で示して頼んだ。店主は頷いて麺を丼に落とすと、肉のようなものと香草を散らして熱いスープをかける。店先にぶらぶらと立っていた男がそれを受け取って、こちらに持ってきた。
その男は、丼を寄越しながら、向かいの椅子に腰を下した。それを見ないように、丼に目を落として箸を差し入れる。熱い湯気が立つ。麺と具をかき回して啜った。美味い。
と、向かいに座ったその男が美味いかと英語で言った。一瞬意味が取れず戸惑ったが、それが英語と気づいて驚きながらも、美味いと答えた。
男は笑顔を見せていた。以前にも同じような顔の二人が来た。美味いと言っていた。同じような顔。ああ、そっくりだ、とても珍しい。どうだか疑わしいものと思ったが、こんな場所にそうは外人が来る筈はないと賭けてみた。それはいつ頃。随分前、確か。
どうやら、矢張りここまでは来ていたらしい。寄って来る蝿を追い、麺に箸を入れて食った。本当に美味かった。ここでは何を食っても美味い。そうだろう、と男は言った。熱い麺に、また汗が流れてきたが、それすらも心地よかった。砂糖黍のジュースを頼む。甘いどろりとした液体を飲み干した。
男に尋ねてみた。それでどこにその二人は行ったか知ってるか。山の方に行った。山。川を上って、古い建物を見に。そして。帰りは知らない、行きだけ乗せた。
男は知るだけの英単語を使ってみたいようだった、その建物はとても古くて有名だということを繰り返し話した。聞いたことなどなかったが、わざわざそれを探しに行っているのだからそうなのかもしれない。そこに行って見たいと頼んでみた。いいよ。幾らで。少し値切って値段を決めた。明日の朝、そして帰りも乗せて欲しいと頼む。直ぐに戻るから。
約束を取りつけてから、宿を取らなくてはいけないのに気づく。あるのだろうか。尋ねる。すると、意外にもあるという答えが返ってきた。
卓に金を置いた。丼とコップは既に蝿が一杯たかっていた。虫と細菌の楽園だ。その男に道を案内してもらった。驚いたことに、小さいながらも土産物屋があり、その前には二人連れの白人が立っていた。こんな小さなところでも何か見るべきものでもあるのだろうか。それともその古い有名な建物を見に行くのかも知れない。
黙って男について歩いていると、また空が翳ってきた。男に急かされ走った。大粒の雨が当たらない前に宿に辿りつくことが出来た。
宿とは言え、ほとんど民家に近いものだった。激しい雨音の中、宿帳に記名した。案内された部屋は薄暗く、僅かにひんやりとしていた。鉄製の枠のベッド、小さい卓、古い木目の浮いた木の椅子、洗面台替りの琺瑯のボウル。扉を閉めて、窓格子越しに小さなタイル張りの中庭を眺めた。雨が激しく叩きつけて水飛沫が舞い上がっている。植え込みの樹に咲いた花も容赦なく打たれて庭に落ちていた。何の音もしない。轟音の中の静寂。
と、急激に雨が小止みになり、轟音が途絶えた。降り始めたと同じ様な不意打ちで空に光が漏れる。庭のタイルにできた水たまりに光が乱反射している。水で一杯の空気を貫いてくる。
寝台に横になろうとして、室内の水音に気づいた。ベッドの枕許はすっかり水浸しだった。とても治まりそうになかったので、ベッドを引きずって雨漏りする場所からずらした。濡れたところを避けて、体を丸める。昨日よく眠れなかったせいもあって、夜更け、また降りしきる雨と水が床を叩く音に気づいたが、再び、そのまま眠り続けた。

 
 
 
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無花果の間
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