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| 癖はあるが滑らかな英語で答えが返ってきた。ああ、そう、二人で来ていた。二人。そう、二人で。随分前のことだが。話に興味があったらしい、行きたいと言うので場所を教えた。どうも随分前だった。そう言えばそれから来ていない。国に戻ったのかと思っていた。戻ってない、そう、不思議な話だ、いや別に危険な場所ではない、少し遠いのだが。少し遠い。
行き方を尋ねが、すぐに行けそうではなかった。ガイドブックにも載っていないようだった。まあいい。危険でないのならば。時間に限りはないのだ。何処に行っても良い。 建物を出た途端だった。大粒の雨が直ぐ降り注いできた。堪らず、中に戻って少し待った。スコールか。あるだけの水をぶちまけるような激しい雨。舗装された道路に叩きつける雨音がやかましい。 ふいに始まったと同じ様に、不意に雨脚が途切れて水音が止んだ。雨が降っていたのは僅かの間だった。扉を開けて、水のこもった重苦しい空気の中へ踏み込んで行った。 |
| とりあえず宿を探した。路地を入ったところに、他の看板に押しやられながら覗いている名前を一つ見つけると、今夜の部屋を借りた。Hotel
Comfort。随分良い名前だ。狭苦しい部屋の緞帳は、深紅の重い生地で出来ていた。だが裾は解れ、裏には蛾が白い繭を産みつけている。ベッドのマットレスは柔らかくへたれて、横になると高貴なお姫様でなくとも木枠の形が感じ取れた。そうしてじっと背をマットレスに沈めていると、体が疲れているのが分かった。一日中泳いで過ごした後のような気怠い疲労。しばらくうとうとしてから目を覚ますと、夕暮れの日差しはもうとうに落ち果てていた。窓ガラスの隅が金色の輝きを僅かに捕らえていた。
窓を開ける。さして涼しくはなかったが、外の空気を吸った。また、立ち並んだ屋台からの美味そうな匂いが、窓まで昇ってくるのだった。熱い魚のスープと唐辛子。ライム。薄荷。香菜。焦げた油の匂い。 道路を埋め尽くした車のクラクションの叫びと人の叫び。唸るエアコンの室外機。轟音。低く翳めて飛び去る飛行機の巨体が建物を揺らす。 路上に下りて通りをぶらぶらと歩いてから、夕飯にスープと米と豚肉の煮込みを買った。夜が来てネオンサインが縦横無尽に通りを渡ってひしめき合って瞬いている。夕べの涼を求めてか、街には昼間を越える人出が行き交う。早口の高い声が一つも意味の取れない言葉を交わしていた。流れて行く。 部屋へ戻り夕飯を食べた。どれも塩気と香りが強く、美味かった。 シャワーは水しか出なかったが、それで充分だった。洗濯をしてから乾かないかもしれないと気付いた。 |
| そのまま窓を開け放して眠ってしまっていた。立ち昇る騒音も耳の奥ではただの唸りだった。
気づくと夜中のようだった。腕時計のライトを着ける。緑の光が一瞬点って、残像を残した。二時。通りの音は静まっている。 手足のあちこちに痛みと痒みがあった。それで目が覚めたのだ。目を凝らすと、腕には小さな虫が止まっている。払ったが、もう既にかなり刺されてしまっていた。暗い部屋の空中には、目に見えない幾つもの虫がひしめいているようだった。虫の羽音が煩くまとわりつく。 痒みを押さえようと、明かりをつけてシャワーを浴びた。よく見ると、蚊に刺されただけではなく、小さな水脹れまで幾つもできている。体を拭いて、バッグから虫刺され薬を出して塗ると、水脹れに沁みて痛かった。それから虫除けスプレーを全身に吹きかける。 横になったが、痒みと暑さによくは眠れなかった。上の部屋からはのこぎりを挽くような音がしていた。こんな時刻に何故大工仕事をするのかといぶかいながら、苛々と体の向きを変え、シーツに頭を埋めた。虫刺され薬のアンモニアの匂いが鼻につく。音が静まって暫くして、漸くうとうとした。 早朝、まだ眠かったが宿を出た。列車はこの時刻でないと出ないのだ。
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