二重硝子を打つ雨が迎えてくれる。

とにかく探しに行ってくれ、と言うから来たのだった。そんな場所にも人にも興味などなかったのだが。何をしに行ったのかなど知りなくもないし、誰と行ったのかも知らなかった。だが、いつまでも頼まれ続けることを思うと、返ってその煩わしさに耐えかねてしまったのだ。それで来ることを承知した。金も少しなら出してくれると言うではないか。まあ良い。時間ならあるのだ。
おそらくは。どこに行っても良いのだから探しに行っても良い筈なのだろう。
青い木綿の制服を着て、日に焼けて皺の多い官吏は入国査証を裏表返してじっと眺めている。が、何も言わずに返して寄越した。その顔は無表情で一片の笑みもなかった。きっともう必要ないのだろう、それとも奪われてしまったのだろうか。
白檀と南国の花を混ぜた濃厚な香りをまとった大柄な白人の女達が通り過ぎざま、天国、と言葉を落としていった。空港のそちこちに鉢植えの樹木が鋭い緑の葉を突き出していた。
空港から出ると既に空気は潤っている。出発した時に来ていた長い袖の服は直ぐに息苦しくなった。袖をまくって腕を陽光に曝す。さきほどから始まった頭痛は止まなかった。
空港から市内へ向かうバスの中は冷たい風が漂っている。冷たさにも暑さにもうんざりした顔の人々。幸福に満ち溢れているのはツーリストだけだ。熱帯性多幸症。ヨーロッパ人の病気。古いビルが通りを挟んで押し詰まって空に伸びているのが見え始める。薄汚れたコンクリートのテラスには褪せた青のシーツと雑多な洗濯物が吊るされている。紅や黄色の文字で埋め尽された看板が空中に迫り出し、アーチを形作る。歓呼する群集に迎えられる王侯のように、次から次へとひしめく看板に手を振られながら過ぎる。歓迎。バスは大通りへと入っていく。
ボタンを押すと、読めもしない聞き取れもしない名前の場所で降りた。バスを降りてみると、また空気が、重たい空気がそこにあるのが感じられた。水を含みきった重さ。
大通りは人で一杯だった。肩をすれ合わせずには通りぬけるなどとてもできない。空気の密度が濃いように、人の密度も濃い。大通り沿いには新しく綺麗なビルも多い。だが、これも押し寄せ合うように立て込んで並び、空へと競うように伸びて行く。上へ上へ。建物さえも植物に倣っている。

道端の両替所で金を少し変えた。大通りから一歩入った路地は入り組んでいた。通り沿いに飯屋が並んでいる。美味そうな揚げ物と煮込みとスープの匂いが入り混じって漂っている。揚げパンと熱い蒸した肉饅頭を買って食べながら歩いて行った。道端でも店でも売られている小さな飾り物には独特の唐草模様が絡みついている。文様は金に光り緑に光り、壷や彫像の表面を覆っている。食べ終えると、揚げパンを包んでいた紙を道端に捨てて、先へ進んだ。小路を抜けて出てきた次の大通りは、整備された近代的な通りだった。人通りも少ない。ちょうど向かい側に、大きな白い建物が見えていた。道路を渡って、その白い建物の方へ向かった。
建物の中は冷え切っていた。日差しが遮られ、汗が飛んで寒気がするほどだった。エレベーターを探し、研究棟4Fへ上がった。薄暗い廊下に人気はなく、何かは分からないが機械音だけが低く響いていた。メモを見て名前を探した。恐らく名前だろう。読めない文字は文様に過ぎない。ただ同じ形状を探しているだけだ。
ようやく、廊下の奥に同じ文字のプレートを見出した。扉を叩いて返事を待つ。
何事かと言う顔をして、中年の男が顔を出した。開かれたドアの向こうには本棚と机、積み重ねられた紙とノートと本。そして埃。慣れない言語の自己紹介は要領を得なかったが、何とか通じたようだった。

 
 
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無花果の間
正門