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日時計
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| 物静かなナランと違い、兄はいつも陽気だった。白皙の整った面立ちといい、長い指といい、やはりどこか似通ってはいたが、兄の方はとても背が高く、日差しのせいでいつも頬や額は花びらのように赫く焼けていたし、ナランの瞳は潤んだ黒曜石のように黒く燃えていたが、兄の瞳はどこか凍ったように澄んでいて、金色の光を放つ茶色だった。一族にはそんな目をした者は他にはいなかったので、何故そんな瞳を持っていたものか分からない。
兄には屈託などなかった、ナランはそう思う。アリヒを飲んで酔うと、大声で歌って焚き火の回りを踊って見せたりした。犬達が喜んでそれに戯れかかると、兄は更にくるくると倒れるまで回り踊り続けて見せたものだった。 だが。 ナランは銀の釦から目を上げて、草原を見渡した。あれは去年の夏営地でのことだ。 ナランが夜更け、目覚めた時には月は既に頂点を過ぎてしまっていた。ナランはそっとゲルを忍び出て、兄の言っていた方角に向けて草原の只中へと馬を走らせた。 しかし、兄の姿は何処にもなかった。ナランは、馬の背にまたがったまま、じっと兄を待っていた。夏の夜の冷たい風が吹いていた。兄は来なかった。月が東の空に落ち果て、群青が白みかけた頃、帰ろうと馬の手綱を引いた時に彼は草叢の中に動く白い毛玉を見つけたのだった。罠には見事に兎がかかっていた。 ナランはそれを取り上げ、辺りを見回した。それでは兄は先に来ていたのだな、と思った。兄は罠を仕掛けて何処かへ行ったのだ。ゲルに戻っていないのは分かっていた。何処へ? 野営地に戻り、探したが兄の姿はなかった。 そうして、一年前の夏営地で、ナランの兄、一族の長の後継ぎは姿を消したのだ。婚約の宴の最中の夜に。婚約者を後に残して。 夏が終わると羊を追って人々は次の野営地へ移って行った。美しいと言うにはあまりにも長く厳しい冬が過ぎ、短い夏が戻ってきた時、彼らもまた去年の夏営地に戻ってきたのだ。 満月の夜。ナランは同じ様に、今夜、兄を待っていた。 アナウンス。午後11時35分着のアリタリア航空AT325便は50分遅れています。溜息。諦念がただよう空港に、三ヶ国語で女の声は繰り返す。午後11時35分着のアリタリア航空AT325便の到着は遅れています。到着予定は 午後の光さす泉には影がうつろった。森のこもれ日は風に踊り、ちらちらとはぜた。 泉のはたには大きな三角の形をしたものがあって、その影は泉に落ち、それをこえて真っ直ぐな線をさし示そうとしていた。線の先には刻み目のつけられた岩がからくも円形をなして並んでいる。影はおそらく刻み目の一つをさしている。さっきから、刻み目一つ分は動いたろうか。 わたしは、こうして、泉に手をひたして、約束の日を待っていた。 |
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