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蘭の会 三周年記念 連載コラム

新 サルでもわかるレトリカル 会員番号000b 佐々宝砂



■ 第32回 いよいよ直喩だ! その1
なぜか知らんけど、レトリック教室の本は、たいてい「直喩」というものの説明からはじまります。私も昔々のその昔に某サイトでレトリック入門らしきものを書き始めたとき、直喩の説明からはじめたものでした。前「サルレト」ではありません。もーっと昔のやつ(そんなもの覚えている人、いる?)。当時私は30歳くらいで、30歳くらいの人間が時折そうであるように、自分もトシ食ったしそろそろ溌剌とした若い詩は書けないしそのへんの若いのにいろいろ教えよーかな、などと不遜なことを考えておりました。いま私は39歳ですが、30歳当時と同様不遜なのでこんなもの書いております。でも当時よりちょっとはお利口になりましたので、直喩からはじめるのはやめて暗喩からはじめました。

直喩って、案外説明が難しいのです。30歳当時の私は、「直喩っていうのは『ように』『ような』『ようだ』『みたいに』『みたいな』などの、比喩であるということを示す言葉を使った比喩のことです」と説明しました。別に間違った説明ではありません。直喩とは、確かに「比喩であるということを示す言葉を使った比喩」のことなのです。ところが、比喩がどんなものか知らないと、この説明ではわかってもらえないのです。当時私が「直喩を使った例文を作ってください」と設問を出したところ、予想もつかない答が返ってきたのでした。「ように」「ような」を使えば比喩なんだと思いこんでしまった読者がいたのです。しかし、「ように」の用例は比喩以外にたくさんあります。「ように」を使えばいいってもんじゃないのです。

●比喩じゃない「ように」「ようだ」の例
・おかずは残さないように!
・明るいうちに帰るようにします。
・英語がわかるようになりたい。
・彼は帰ったようだ。

うーん困った。と当時の私は思いました。直喩からはじめりゃ楽ちんだと思ったけれども、それは難しいことで、実は、比喩とは何かってことからはじめなくてはならない。比喩ってなんだろう。よく考えると、私にもわかんねーぞ? それでどうしたかというと、私は、挫折してレトリック入門執筆をやめました(笑)。でも、やめる直前に、「ように」や「みたいな」以外にも比喩を示す言葉がたくさんあるんだよ、という教育的な意味(笑)を持つ詩をひとつ書きました。


私の偶像に捧げる五つのエチュード あるいは 直喩の二十五の文例集

彼は語る、
砂糖壺に群がる蟻のように勤勉に、
生まれたばかりの赤んぼ並に計算高く、
梅雨時になると痛み出す古傷の神経組織に似て巧緻に、
洗ってもこすっても落ちない風呂場の汚れよりも執念深く、
季節はずれの台風と変わらない大胆さで。

彼は演じる、
偽善者じみた爽やかな笑顔から白い歯をのぞかせて、
埃だらけのブラウン管に潜む正義のヒーローみたいな仕種で、
税務署から来た請求書を連想させるクールな口調で、
断食僧めいた抑制をその身に課して、
津波そっくりに私たちの自我を優しく押し流して。

彼は嘆く、
洗面器の中の吐瀉物とでも言うべき虚しい言葉の群を嘆く、
まるで小屋の汚れを神経質に指摘する生真面目な豚、
しかし辛抱強い精神科医と同じくらい真摯に紳士的に、
労働者政党にこっそり寄金する貴族を思い出させる態度で、
フロントガラスの油膜のごとくしつっこく。

彼はもがく、
日常に屹立する塔に他ならぬ言葉を求めて、
さながら甘すぎる飲料の中で懸命に発酵を試みる乳酸菌、
あたかもコンクリートに封じ込められた放射性物質、
ちっともヤマの当たらぬ詩的山師と名づけるべき
その不様な姿はまさに殺虫剤をかけられたゴキブリ。

そしてなおも彼は語る、
除草剤を撒いた土手に揺れるコスモスと同じほど不敵に、
暗渠の流れを思わせる重く沈んだだみ声で、
あるいは私を融かしてしまいそうに甘くささやいて、
私のあらゆる細胞を浸食せんばかりに

けれど彼は偶像。直喩の鏡に映った、幻の影と呼ぶべきもの



太字になってる部分が比喩であることを示す言葉です。この二十五の言葉以外にも、比喩であることを示す言葉が存在すると思います。なんなら新しい用例として、これまで比喩の明示に使われたことのない言葉で比喩を明示したっていいと思います。でも、重要なことは、比喩を明示する言葉そのものではありません。「あたかも」「さながら」なんてのも直喩の言葉なんだなーと覚えてもたいして役には立ちません。

重要なことはただひとつ。

●比喩とは何か?

これだけです。考えてみてください。

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会員随時募集中/著作権は作者に帰属する/最終更新日2007-05-14 (Mon)/サイトデザイン 芳賀梨花子

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