秘蹟
   ル・サクルモン
秘蹟

ロット「受胎告知」


導者に続いて、船に僧たちは順々に乗り込んで行った。板に横たえられた「参入者」も、そのまま船へ運び込まれ、そして板から下された。腕を縛られて平衡をとりづらい姿が見える。そのまま、その人は船縁に身を凭せ掛けた。
エンジンの低い音がすると、船がゆっくりと動き出す。船は停泊していた岸を離れて沖へと進んで行った。
潜水者の一行は腰もかけずに、狭い甲板に一列に立ち尽くしている。陽光が海の波に跳ねて、網目模様を描き出している。それは、波の奥に沈む藻が見えるほど透明な海だった。
船が止まった。岸の影もない水のただ中だった。その水は澄んでいるが、底は深いようだった。波のあまりない静かな海だった。
船が止まるや、甲板の上では、僧たちの連祷が始まった。それと同時に、二人の「潜水者」が、青い衣の「参入者」に近寄った。「参入者」の背にボンベを取り付けると、口元にはマスクをあてがった。
連祷は古語でおそらく神の名を繰り返し唱えている。
二人は、「参入者」の腕をとり導いた。その行く先に、大きな籠のようなものが用意されてあった。「参入者」は籠の中に歩み入り、その手に小さなコントローラーを持たされた。籠の戸が閉じられる。と、二人の「潜水者」も連祷の列に戻った。
その姿が海のうねりとともに揺れていた。
「参入者」を納めた籠は船体に取り付けられたジャッキで少しづつ吊り上げられた。連祷の声はそのジャッキが動くたびに染み出る摩擦音を上回って止めど無く繰り返され続けられている。ところどころ錆の浮いたジャッキは、海の上まで腕を伸ばして、止まった。
そして、籠を吊るしたロープが少しづつ繰り出され、それはゆっくりと海面へと下されて行った。「参入者」の足元が濡れ、衣の色が濃くなる。その外套の頭巾の下から溢れ出た、金色の髪が水面に一瞬広がると、遂には籠は完全に沈んでしまった。
猶もロープは繰り出される。ロープが尽きるまで、大きなリールは回り続けた。
連祷はその間も続いていた。
完全に「参入者」が沈んでしまうと、連祷は止んだ。
太陽はその長衣をまとった異様な姿を照らし出していた。海の波のうねりがゆっくりと船を揺らしていた。
「潜水者」たちは無言のまま立っていた。
時間が過ぎた。ただ水だけが広がっていた。
遂に合図の音が響いた。
それは「参入者」の持ったコントローラーから送られた音だ。
ジャッキが再び動かされた。今度はロープをゆっくりと巻き上げていく。その音とともに、「潜水者」たちの連祷も同じ様に繰り返された。緩やかな深い響きの古語がロープとともに巻き上げられていく。
そして、水中より「参入者」を腹に抱いて、籠が姿を現した。
ジャッキが操作され、船の上に上げられた籠から「参入者」は濡れそぼった姿で連れ出された。「潜水者」によって、マスクとボンベが取り外される。縛めが解かれた。
「参入者」は、導者の前にゆらりと歩み寄った。顔に張りついた頭巾からは幾筋もの滴が流れ、青い飾りも同じ様に額を流れて滴り落ちている。その水滴が甲板を叩く音。
杖を持った「潜水者」は「参入者」にかがみこむようにして、密かな声で尋ねた。
「得ましたか」
「参入者」は答えた。
「秘蹟を得ました」
まだ若い声だった。
濡れそぼった青い外套とその衣が脱がされる。頭巾を下すと、一瞬、太陽がその濡れた金色の髪に照り映えて、白い光の粒が放たれた。
その姿に改めて、新しい白い衣が着せかけられる。「潜水者」は外套の頭巾を下ろす。
そして、「潜水者たち」は再び甲板上に、一列に並んだ。その白い衣の人々の姿からは、もう、判別できるものは何もなかった。

 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
無花果の間
正門


 
 
 

画像 Rose Moon
 ロット 受胎告知 1527