蜜
ル・ミエル

 


Quand je l'ai regarde, il etait toujours tranquille...

私が彼を見た時、彼はいつも静かだった。習慣的に、彼はあまり多くは話さなかった。彼は、町の中心地にただ一人で住んでいて、そして毎日、調査事務所で働いていた。私は、彼の仕事の間中、彼がどういう風に過ごしていたのかは知らない。しかし、私は、彼がやはり物静かで、穏やかで、謎めいていたと信じている。そう、謎めいた人、それが彼だった。

ときどき、彼は、私を彼の家に招待した。私たちは、そこで何時間かを一緒に過ごした。私は、彼に、私の学科での勉強のこと、私の家族このと、天気のこと、この惑星の社会のこと、色々なことを話した。彼は私の話をよく聞いていた、と思う。そして、少しだけ答えた。彼は私に幾つかのことを時々尋ねたが、ほとんど彼は、彼の仕事や、彼の家族や、彼の人生について話さなかった。
はじめは、私は、彼が外地人であり、言葉がよく喋れないから、彼はあまり話さないのだと思っていた。しかし、だんだんと、私は彼が意図的に黙っていると思いはじめた。
私が彼に何かを尋ねる。そして彼が答える。しかし、彼は、途中で話すのを止めてしまう。そして、私は彼に何度も尋ねた。何を考えているのか。何か話して。何でもいい。何故話さないのか。ためらわなくてもいい。
私が繰り返すと、最後には、彼は私を見て、その顔をしかめた。いつも彼は言った。何も。そんなことは不可能だ、私がそう言うと、彼は私から顔をそむけてしまった。
そして、私は不安になった。
また、ときおり、私は、彼が私を好きではないのではないかとも疑った。だが、それは本当ではない。彼は多くは話さなかったが、彼が私を見る時は、いつも優しく微笑んでいたのだから。
私は、段々と、彼の態度に慣れた。
いつも、私一人が話していた。そして稀に、彼は私に答えて、少し話をした。しかし、それは疲れてしまう。私もついには話を止めてしまった。すると、彼は私を見て微笑したのだ。多分、彼は待っていたのだ、私が黙ることを。
そして、私はきづいた。この静寂もいつも同じものではないことに。
彼は、時折、意図的に言葉を切った。すると、私は、その続きを自分自身で探した。いく通りもの答えが見つかった。私は、その答えが正しいのかどうかを彼に尋ねた。しかし、彼はそれには答えない。私は自分自身で一人で答えを選ぶ。
選ばなくてもいいのだということは、中々私には分からなかった。それは私には耐え難いことだった。私は、やはり彼は何も知らないのではないかと思い、またそうではないとも考えた。
だが、私は、彼の家に行くのが好きだった。
ある日、私が彼の家を訪ねた時、そこには誰もいなかった。私は戸が開いたままの彼の家の部屋に入った。彼の持ち物だけがそこに残っていた。私は彼の事務所へ行き、彼がどこへ行ったのかを尋ねた。誰もそれを知らなかった。
誰かが彼は自分の星へ帰ったと言った。しかし、それは正しくない。彼の持ち物は彼の家に残されているのだから。けれども、結局、彼は戻ってこなかった。私には何故だか分からなかった。多分、知っている人は誰もいない。
私は彼の家の部屋の中を見て回った。私は彼が何か残しているかもしれないと思ったからだ。しかし、何も見つけることはできなかった。
私は彼の椅子に座った。テーブルの上には青い硝子製の球体の置物があった。私はそれを見ながら、彼の目の色のようだと思った。彼はそれが海の色と同じ色をしていると言っていた。彼の目も海のようなのだろう。私はまだ海を見たことがないにも関わらず、そのように思った。
彼はある時、私の髪を見ながら「蜜」と呟いたことがあった。彼がそれなり黙ってしまったので、私はその目を見た。彼の目の色はとても深かった。そう言ったなり、いつものように、彼は黙ってしまったのだが、その時、私は満足していた。私は彼を見た。彼が私を見ているのを見た。
ただ私は、彼のその眼差しが好きだったのだ。
私たちは、しばらくそうして黙って座っていた。時間が過ぎた。長い時間が。それとも瞬間が。
その時は、私はもう不安ではなかった。
何の気なしに、私はテーブルの上に置かれた彼の小さな映像機のコントローラーを手にして、スイッチを入れてみた。すると、多分、彼が見ていたであろうヴィデオが再生された。
そして、それを見た時、「私」は、彼の沈黙の理由に気付いた。私は、それに気付いたと信じたのだ。
それには沈黙の誓を守る人々と、その儀式の様子が録画されていた。彼は、その人々と同じ姿ではなかったが、彼の沈黙も似たようなものだったに違いなかった。私は思った。彼もその儀式を行ったのだろうか。それとも誓を果たして、それを行うために、旅立ってしまったのかもしれない。尋ねる相手がいないので、私は黙って座っていた。
そして、私は一人でそれを見つづけた。
けれども、それは同じものではないのだった。
私は彼のあの甘い沈黙がとても欲しかったのだ。

 
 
 
 

 
 
 
 
無花果の間
正門


 
 
 

画像 Rose Moon
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