説文解字私註 音部

音部

音 聲也。生於心、有節於外、謂之音。宮商角徵羽、聲。絲竹金石匏土革木、音也。从言含一。凡音之屬皆从音。
聲也。从音鄉聲。
下徹聲。从音酓聲。
虞舜樂也。『書』曰、『簫韶』九成、鳳皇來儀。从音召聲。
章 樂竟爲一章。从音从十。十、數之終也。
恐らく音に從ふ字ではなく、當部に配するは誤り。
樂曲盡爲竟。从音从人。

新附

和也。从音員聲。裴光遠云、古與均同。未知其審。

音部 舊版

説文解字
聲也。从鄉聲。
康煕字典
音部十三劃
《古文》𡪥𡪆
『唐韻』『集韻』『韻會』『正韻』𠀤許兩切、音享。『說文』聲也。从音鄕聲。《註》徐鍇曰:聲之外曰響。響猶怳也、怳怳然浮也。實而精者曰聲、朴而浮者曰響。響之附聲、如影之著形。『玉篇』應聲也。『書・大禹謨』惟影響。
方響、樂器。『杜陽雜編』太和九年、宮人沈阿翹進白玉方響。
『集韻』或作。『韻會』又作。通作
簡体字
キャウ
解字(白川)
形聲。聲符は鄕。鄕は盛食の器である𣪘()の左右に對坐する形で、饗の初文。そのやうに相對して音響を發することをいふ。
解字(藤堂)
響は音と鄕の會意、鄕は亦た音符。
卿は、人の向き合つた姿と(御馳走)より成り、向き合つて會食するさま、饗の原字。鄕は邑と卿の會意、卿は亦た音符、向き合つた村里。視線や方向が空間を通つて先方に傳はる意を含む。
音が空氣に乘つて向かうに傳はること。
當用漢字・常用漢字
《漢字表字體》響(U+97FF; JIS:1-22-33)
《人名用許容字體》響(U+FA69; JIS:1-93-86)

説文解字
下徹聲。从酓聲。
康煕字典
音部十一劃
『唐韻』恩甘切『集韻』『韻會』『正韻』烏含切、𠀤音諳。『說文』下徹聲。『廣韻』聲小。『周禮・春官・典同』微聲韽。《註》韽、聲小不成也。
『集韻』於金切、音隂。又『類篇』衣廉切、音淹。又『集韻』𩾓感切、諳上聲。又烏紺切、諳去聲。義𠀤同。○按周禮釋文、韽、劉音闇。又於瞻反。鄭於貪反。戚於感反。李烏南反。凡五音、皆可讀。
『廣韻』『集韻』『韻會』『正韻』𠀤於陷切、音揞。『廣韻』下入聲。俗作𪛏

説文解字
虞舜樂也。『書』曰、『簫韶』九成、鳳皇來儀。从聲。
康煕字典
音部五劃
《古文》𢨍
『唐韻』市招切『集韻』『韻會』時饒切『正韻』時昭切、𠀤音軺。『說文』虞舜樂也。『玉篇』繼也、紹也。『書・益稷』簫韶九成。『禮・樂記』韶、繼也。《註》韶之言紹也。言舜能繼紹堯之德。
『左傳・襄二十九年』見舞韶濩者。《註》殷湯樂。《疏》言其能紹繼大禹也。
『集韻』一曰美也。『韻會』凡言韶華、韶光、取此。
『韻會』州名。古百越地、漢曲江縣、隋置韶州。有兩石相對如雙闕。或曰舜作樂於此、故名韶石。
姓。『正字通』晉中牟令韶石。
『廣韻』同。『集韻』亦作
セウ
つぐ。うつくしい。
解字(白川)
形聲。聲。召に招神の意がある。
解字(藤堂)
の會意、召は亦た音符。召は昭、明るい意。

説文解字
樂曲盡爲竟。从从人。
康煕字典
立部六劃
『廣韻』『韻會』『正韻』𠀤居慶切、音敬。窮也、終也。『史記・項羽紀』籍大喜、略知其意、又不肯竟學。『高祖紀』歲竟、兩家常折券棄責。『前漢・元帝紀』竟寧元年。『師古註』竟者、終極之言、言永安寧也。『霍光傳』縣官重太后、故不竟。『師古註』竟、窮竟其事也。
『說文』樂曲盡爲竟。
地名。『史記・白起傳』遂東至竟陵。《註》在郢州長壽縣南百五十里。
姓。出『何氏姓苑』。
『集韻』舉影切、音景。與境同、界也。『禮・曲禮』入竟而問禁。《疏》竟、界首也。『左傳・莊二十七年』卿非君命不越竟。『字彙補』按竟界之竟、宜从上聲。徐師曾禮註:字彙附於去聲、非。
『韻補』叶居亮切『郭璞・不死圖讚』有人爰處、員丘之上。稟此遐齡、悠悠無竟。
キャウ。ケイ。
をはる。つひに。
解字(白川)
と人の會意。兄が祝禱の器を奉ずる人の形なら、竟は音を奉ずる人の形。音は言の下部を曰とする形。言は自己詛盟の辛(入墨の器)と祝禱の器で、神に誓ひ祈ること。その祝禱の器に神の反應として音を發する形は音。それを奉ずる形が竟で、祝禱の終はることを意味する。その音によつて神意を考へることを意といひ、臆度すること。
説文解字が樂曲盡くる意とするのは、樂曲の終はることをといふことから推測したものであらうが、音、竟と章とは、字形に意味が全く異なる。
解字(漢字多功能字庫)
甲骨文はと人に從ふ。一説に、の省文。一説に、と人に從ひ、人の頭上に辛を頂く形、辛は頭飾。一説に、黥刑の黥の初文。小篆は音と人に從ふ。と言は一字から分化したものである。
甲骨文では祭名に用ゐる。金文では氏族徽號に用ゐる。

新附 舊版

説文解字
和也。从聲。裴光遠云、古與均同。未知其審。
康煕字典
音部十劃
《古文》均
『唐韻』『集韻』『韻會』王問切『正韻』禹慍切、𠀤音運。『說文』和也。从音員聲。『玉篇』聲音和曰韻。『文心雕龍』異音相從謂之和、同聲相應謂之韻。『晉書・律曆志』凡音聲之體、務在和韻、益則加倍、損則減半。『陸機・文賦』收百世之闕文、采千載之遺韻。○按文人言韻、始見於此。漢魏以上之書、皆言音不言韻。自晉以後、音降而爲韻矣。至韻書之最古者、莫如魏李登『聲類』、晉呂靜倣其法作『韻集』、齊周顒始著『四聲切韻』、梁沈約有『四聲』一卷、隋秦王俊有『韻纂』、陸法言有『切韻』、至唐孫愐『唐韻』出、而諸書皆廢。宋𨻰彭年等重修『廣韻』、丁度有『集韻』、金韓道昭有『五音集韻』、元黃公紹有『韻會舉要』、明洪武中宋濂等修『正韻』、此韻書大略也。
『正韻』風度也。
『說文』裴光遠云、古與均同。『唐書・楊收傳』夫旋宮以七聲爲均。均言韻也。古無韻字、猶言一韻聲也。
『集韻』或作
ヰン
ひびき。おもむき。みやび。
解字(白川)
字は古くは均を用ゐ、のち韻を用ゐる。
解字(藤堂)
(丸い)の會意、員は亦た音符。
當用漢字・常用漢字