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蘭の会 三周年記念 連載コラム

新 サルでもわかるレトリカル 会員番号000b 佐々宝砂



■ 第4回 続音の雰囲気

 「音の雰囲気」についてさらに突っ込んで考えてみようと思います。音の雰囲気を醸し出す要素には、口を開ける大きさとか、音をかたちづくる方法で分類した破裂音か摩擦音かとか、ほぼすべての言語に共通するものがあります。前回さらっと説明しましたね。でもここで音韻学をやるつもりはないので、興味がある人は自分で調べてみてください。今から考えてみたいのは、日本語限定で、言葉の音が醸し出す雰囲気です。

 たとえば「〜やか」で終わる形容動詞について考えてみましょう。「〜やか」で終わる形容動詞には、ネガティヴな意味の言葉がほとんどありません。

・「〜やか」形動グループ
かろやか、あざやか、にぎやか、きらびやか、さわやか、すこやか、
あでやか、ひそやか、しなやか、なごやか、しとやか、にこやか、
すみやか、こまやか、たおやか、あおやか、ひややか

 最後の「ひややか」だけが、まあネガティヴです。しかしその他の単語には、ほとんど悪い意味がありません。「あおやか」という言葉も、青々と草が茂っている場合に使う言葉であって、「今日は顔色があおやかだね」などとは使いません。あくまでいい意味で「あおやか」なのです。例をあげて考えてみましょう。

例文1
a.彼女は軽々と箱を持ち上げた。
b.彼女は軽やかに箱を持ち上げた。

 どっちの女性の方が魅力的でしょうか。aの方の彼女は、単なる力持ちです。それ以上のことはわかりません。しかしbの彼女は魅力的に感じられます。明るい雰囲気を保ち、しかも女性的なイメージを「力持ち」という要素で損なっていません。「〜やか」で終わる言葉が、ポジティヴだが乱暴ではないイメージをどこかに持っているからです。では、あるいは、こんな例文は?

例文2
あのひとは、なみやかに歩いてきた。

 「なみやか」という言葉はありません。私の造語です。意味は私にもよくわかりません(笑)。でもどこかやわらかく明るく歩いてきたんだという雰囲気は、どうにか伝わると思います。少なくとも、真っ暗けな顔でうつむいて歩いてきた感じや、怒り狂ってやつあたりしながら歩いてきた感じはしないでしょう? 「〜やか」で終わる形容動詞は、意味を知らなくてもなんとなくよい意味の言葉に聞こえます。「〜やか」という服を着てる言葉たちがだいたいしとやかですこやかなので、同じような服を着るとにこやかでさわやかに聞こえるのです。

 逆に下品でネガティヴな服もあります。動詞の「〜じる」がお下品な服にあたります。この場合「〜やか」に較べると例外が多いのですが、おおまかに言えば、「〜じる」で終わる動詞にろくなもんはありません。

・「〜じる」動詞グループ その1
アジる、かじる、なじる、恥じる、ヤジる、いじる、くじる、ねじる、閉じる
怖じる、躙(にじ)る、こじる、ほじる、もじる、よじる、牛耳る
(「くじる」がわかんない人はgoo辞書で引きましょう。yahoo!辞書にはありません)

・「〜じる」動詞グループ その2
感じる、信じる、混じる、軽んじる、重んじる、通じる、長じる、動じる

 「〜じる」グループその1と2の違いがおわかりでしょうか。その2の方は、すべて、「〜じる」で終わらない形に言い換えが可能なのです。「感じる」は「感ずる」に言い換えられます。同様に、信ずる、混ざる、軽んずる、重んずる、通ずる、長ずる、動ずると言い換えることができます。「信じる」「通じる」などは別に悪い意味の言葉ではないので、お下品な「いじる」「ほじる」などと一緒にされたくなくて、お着替えをしたわけなのです。

 「感じる」という言葉は微妙なところで、文脈次第でたいへんエロになりますが、エロス重視の文章の中で「感ずる」と書いたらかえって間抜けです。「いじってくじって身をよじってねじって感ずる」じゃあおかしい、やっぱりここは「感じる」でありましょう。「感ずる」より「感じる」の方が肉感的で正直な言葉です。お着替えをしないで本来の服を着てるのですから。

○課題3 「他の例を考えてみよう」
今回は詩を書く課題ではありません。「〜やか」のような上品なグループ、「〜じる」のような下品なグループ、そういった割と特別な雰囲気を持つ言葉のグループが他にもないか考えてみましょう。


註;この文章は、2004年東京ポエケットで発売した佐々宝砂の個人誌「SPマガジン」に掲載の「新サルでもわかるレトリカル3」を改訂したものです。第三回目の文章として構想したのですが、まえせつがあったので第四回目になりました。

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会員随時募集中/著作権は作者に帰属する/最終更新日2006-02-14 (Tue)/サイトデザイン 芳賀梨花子

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