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2008年8月詩集「夏休みの自由課題」
鬼灯  
羽がなくても  
夕映え  
隔離  
The noctilucas on the sea  
逃亡者  
  































鬼灯

http://home.h03.itscom.net.gure/eme/
九鬼ゑ女
 

幼子が母の乳房に吸いつくように
ボクはキミの舌にボクの舌を絡める
キミとボクの唾液が混じり合う炎天下
澄んだ空には入道雲が湧き出でて
夏の行く手を塞いでいるのは、陽炎で

ボクとキミは
汗塗れで盛夏にトケアイ、
夢中で愛欲の海にアエギアウ

ボクはキミの口に一粒の愛を含ませる
キミは素知らぬ顔で
押し込まれた愛を上唇と下唇で押し殺す

潰れたままのひしゃげた時間がとぼとぼと通り過ぎていく

焦れたボクは滾るオモイを頬張ったまま
ボクの種子を全てキミの中に弾きだした
それからおもむろに舌先ではぐらかされた愛を掬うと
ボクはキミの心を思い切り噛んでみた

ああ…

瞼を震わせ嗚咽を漏らすキミは
ようやくボクの愛を一気に飲み干した
そしてそのすぐそのあとだった
キミの泡のような吐息は
ぎゅうと一声鳴くと
朱色に熟した鬼灯になった


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羽がなくても

ナツノ
 

これ以上 見上げても

空の向こうに 何も見えない

目を凝らしても 届かない

これ以上 考えても

思いは なまぬるい風のように

自分に はりつくだけで 遠くへ 広がりはしない

ほんとうに

ほんとうに

トリに なりたいと思う

飛べるだけ 飛んで

風に煽られ 風と一緒に

チカラ 尽きるまで 飛んで

そしてそのまま 息絶える

そんな一生を過ごすことと

羽を持たずに

ココ で 暮らすこととは

同じことなのだろうか

羽がなくても  飛べるのだろうか


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夕映え

http://yaplog.jp/yukarisz/
鈴川夕伽莉
 

ステージの女性シンガーが、愛猫について歌い始めた時
私の脳裏に昔の恋人が浮かんだ
 …を轢いた奴を一生許さない
彼は愛猫を事故で失った
やせぽちで煙草ばかりを欠かさずに
女もののコートにくるまって
自らも猫みたいだった彼は私を轢き殺した
(正確には私の心を轢き殺した)
猫は愛せても女とは
拙い別れ方しかしなかった
轢かれてざりざりの私を
拾ったのはそう、
今、隣で一緒に女性シンガーを聴いている
この人だった
ひどく不器用な手の持ち主だった
自分の傷には頓着しないくせに
私にはやさしい腕を向けてくれた
今、隣で女性シンガーの声に
満足そうに目をつむっている
この人の心の中には猫でなく
老犬がいる
実家で十数年間を共に過ごしたが
最近癌に侵され歩けなくなった
小さなコーギーが
ねだるような瞳でこの人の帰りを待っている
 もう寿命なのかなあ
大きな大きな背中を小さく丸め
どこの誰よりも寂しい声で呟いた
この人の心を護るのは

私である


はたと気付くころ

女性シンガーは夕映えの川べりを
そっと歩くような歌声で
ステージのフィナーレを飾った





※畠山美由紀、Port of Notes 「散歩に行こう」を聴きながら


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隔離

宮前のん
 

部屋の中では
フィルターを換えたばかりの空気清浄機が
ヴゥンヴゥンと小さく唸りながら
ハウスダストを吸い込んでいる

友人に勧められて取り付けた
セントラル浄水器は
機械室の中で音も立てず
遊離残留塩素や、トリハロメタンや、小さなカビを
静かに静かに除去しつづける

教室では
目立った事をするヤツが悪と見なされ
皆でシカトしてイジメて不登校になって
転校させるという一種の排除行為を
毎月のように行っている

息子がパパのパソコンで
インターネットに接続している
キッズフィルター設定
制限された情報で保護されながら
無害な情報だけを拾い上げる


有害と無害の境界線
探そうとしたけれど見つからない


かの有名なスーパーモデルは
重症アトピーの治療薬に
寄生虫の卵を飲んで
その後、虫下しの薬を飲んで
その後、
どうなったのだろう


有害物質を除去し続け
世界は清潔に向かって
どんどん縮小していく


幼い頃、
運動会の練習中に
校庭の片隅で
爪の間を真っ黒にしながら
作った土のおだんごは
とっくのむかしに
壊れて消えた


 


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The noctilucas on the sea

佐々宝砂
 

船酔いがひどいときは、
船底にひっくりかえっているしかない。
たとえ赤毛のアミがぼくの耳にくちづけて、
信じられないようなことをささやくとしても。

…シニ!

ささやいているのではなく、
叫んでいた、
そして結局ぼくの名を呼んだのは、
アミではなくってカイで、
ぼくはこみあげてくるものを無理に飲み、
起き上がる。

…なんだい、カイ。
…外をごらんよ! きれいだよ!

手を引っ張られて甲板に出れば、
暗い海いちめんにひかるひかる、

…なんだい、あれ。
…ヤコウチュウだよ。

ほほえむカイの白い髪が揺れる、
カイの赤い瞳が輝く、
カイが何者かぼくは知らない、
この船はどこに向かうのか、
本当のことを、
もしかしたらぼくは知らない。

金を払えば船にだって乗れる。
カイは金を持っていた。
その訳もまたぼくは知らない。


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逃亡者

伊藤透雪
 

こめかみの、髪の毛一本ひきつれ
ふり向いては
ピリピリと いつも怯えながら
人の間を縫っていく

いくら逃げただろうか

腕に脚に触れる感触ひとつひとつに
不安を感じて
逃げ出してからずっと
追いかけられている
落ち着いていることなど許されず
早く、早く
走れと急かされる

後ろの影はもう無いも同じ
今、だけが生きている
逃亡者は一生逃亡者
  諦めても戻る場所などどこにもない
  我が罪を
  罪と呼ぶ者から逃れる旅は終わらない
  理解出来る者がいるのかもわからない

どんなに高く飛んだところで
落ちるのだ
どんなに遠くへ目指したとて
安住はないのだ
ぬるい夜風にいっとき 安んじても
突き刺さる指から 逃れる術は
黙っているだけ

  己の指が下腹部の疵をなぞるとき
  罪の証拠のように感じてざわめく

忘れ去られる中にしか逃げ場はないかもしれない

夜更けにごくりと錠剤を飲み
眠りの淵に今日を閉じれば
明日は今日であり
今日はもう無いのと同じこと
誰にもわからない思いだけが
真実の鍵だから
私は逃げるしかないのだ
生きて真実を解き明かすまで


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赤月るい
 

雀を見なくなった 
懐中電灯を失くした
友の笑顔を信じられなくなったよ、このごろ
石段に座り 鳴かぬ鳩を目で追っていた

搾りきった果汁
地面に果肉 むなしく飛び散り
ああ、私の青春は終わった 叫びも

広島の公園で 噴水を 
肩車されながらずっと見ていた 夕暮れ
そんな思い出を頭の中
ひとりで作ってみた
そらに描いて
心は 荒地を裸足で彷徨うようだった

憂さ晴らしてみても
後のみじめさ、ふり払う力が惜しいほど
一時の勝利を栄光としてみても
次の日から生きる苦になる重荷だろう
ああ、愛も虚しくて

吹く風に 頬を感じ
人波に 己の輪郭を感じ
呆然と生きている

今日もまた 人はゆく
地球滅びし日も 人はゆく どこへ?


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2008.8.15 発行/蘭の会

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(編集 遠野青嵐・佐々宝砂)
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