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2008年5月詩集「針」
嘘下手  
  
針の風  
言葉  
待ち針  
おぼ針、すす針、貧針、うる針  
躁天の海  






























嘘下手

http://home.h03.itscom.net.gure/eme/
九鬼ゑ女
 

シラバックレテ も だめ
こうみえても ね 
勘が いいんだ あたい

他のオンナ の 匂い
すぐ 嗅ぎ分けられ る 
鼻ある し

けど ね
飽きたの なら
今のイマでも 出ていく わ
あんたの 心 から
そ!
愛を マルメテ ね 

えっ?
あたいの 思い過ごし だって?

…ふうん 
いいよ
信じて あげ る
その代り
わかってる う?

 嘘・ツ・イ・タ・ラ〜♪ だよ お?


ところ で 
あんた
もぉ 
何本 ノマサレタ ん だっけ?




















http://cpm.egoism.jp/
柚木はみか
 

小さな穴が開いた
小さな針が開けた
些細なことが針になって
その風船がぱちんと割れた

桃色の薄い風船は
宙を知らぬまま
ふにゃりと垂れて
そのまま溶けた

小さな穴は大きな穴となって
心に傷を遺した
静かに時を止めて
ゆらりと動く瞳孔の行き先を定めない

今度はその小さな針が糸を伴って
小さな穴を繕い始めた
撫でるように愛でるように
その風船は空を宙を知った

傷付けることも癒すことも知る針は
まるでひとのこころ


















針の風

http://yaplog.jp/yukarisz/
鈴川夕伽莉
 

透明な針の風が通り過ぎたあとの景色に私は立っている

  この病気になる前はまったく元気な普通の子だったのに、
  それまでできていたことがだんだんできなくなって、
  病院に来たら急いで治療をして頂けたけれどもうまくいかないで、
  それから二年です。

何千何万の針が通り抜けたこの子の
脳の神経線維はMRIで見るとぼろぼろです

  二年で動かない、喋らない、呼んでもこちらを見ない
  寝たきりです 辛うじて、耳は聞こえているみたいなのですが

半年前に撮ったMRIと比べて、今回は更に脳幹という部分の
萎縮が進んでいます。脳幹は呼吸をするとか脈や体温を調節
するとか、生きていくための基本的な機能を担うところです。
ここが細くなるにつれて、呼吸がうまくできなくなるかもしれません

  この子がうまく呼吸できなくなったとき
  私たちはどうしてあげたら良いのでしょう


透明な針の風が通り過ぎたあとの世界には
その子が衰えていくのを見守るお母さんとお父さんが居る
それから元気だった頃の面影
ちょうど二年分おおきくなって宿題を済ませて
乾いたグラウンドでボールを投げている
仲良しのともだちがニンテンドーDSを持ってくる
けれどもほんとうのその子は
ポケットモンスターが遊べない
かたく握りしめたまま
もう二度と開くことのない
その手は


  でも耳は聞こえているみたいなのですが


















言葉

ふをひなせ
 

その言葉が無ければ
私は光を見なかった

刺さった言葉は
体を周(めぐ)り心に融けて


差し伸べられた手のように
導く手のように

道を指す
時を指す


















待ち針

宮前のん
 

繕い物の上に
ため息をつく
たくさんの待ち針が
布の端っこに
並んでいる

この針は私だ
光りながら
尖りながら
誰かの帰りを
待っている

雁首並べて
おとなしそうなふりで
かしこまっている


 


















おぼ針、すす針、貧針、うる針

佐々宝砂
 

ホデリはぼんやりと海を眺める。
眺めたであろう。
初夏の風に荒れる海を。

この嵐の季節、
田には水が必要だというのに、
ホデリの水路は乾き、
苗代は薄茶にしおたれ、
田はひび割れる。

カインが眺めたのは草原だったか、
それとも深い森だったか、
記録されていないためにわからない。

カインが弟を殺した事実は
間違いなく記載されているが、
カインが弟を殺した理由も、
はっきりと記載されているが、
記されていないことはわからない、

神に愛されないのはなぜいつも兄なのか、

弟に頭を下げ服従を誓い、
ホデリの記憶は愚かに歪み、
ホデリの手のひらにしらじらと光る、
一本の釣り針。
かつては海の幸をホデリに与えた針。

ホデリよ、手を握りしめるがいい、
おまえの道具を喪わないように、
ホデリよ、愛されないとしても、
おまえは弟殺しではない、
海の風は南向きに変わり、
ホデリよ、やがて空模様は変わる、
おぼ針、すす針、貧針、うる針、

呪いは永久に続きはしない。


















躁天の海

伊藤透雪
 

無駄よ、いくら待っても。
その釣り糸に付いた針を飲みはしないわ
私は自由でいたいの
境目のない世界で。

口角に刻まれた古疵を
柔らかく包むあなたの唇
甘くて 甘すぎて
しびれてくる
このまま繋がっていたいと願う
夜をいくつも越えた
包み込まれる腕の中でめまいがして
眼からこぼれ落ちていく
熱い、

でも
その針で釣り上げることはできないわ
私は天の海を渡る風の中に
髪をなびかせて飛び回るの
つかまえることはできないのよ
ほら
もう、
背中と脚に鱗が見えるわ
もうじき人の形でなくなる

行かなくちゃいけないの 海へ。

高く上って 自由な 行き止まりのない彼方へ
陶然と飛んでいくの
ほの蒼い明けの空を、
波高い雲の中を、
自ら輝くために。


















2008.5.15 発行/蘭の会

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