| スタンドの前に立って、意識集中。選ぶ時は慎重に。それが大事なこと。
緑の蔦がからまったキャンディー売りの屋台には、ポケットから口へ放り投げる小さなものなら何でも置いてあるのだ。 |
| ばら色の薄皮の中に淡いグリーンが隠されたピスタチオ、粒の大きい真っ白な果肉のアーモンド、塩をふったひまわりの種。黒い殻を散らかして食べる。丸いのや楕円のや、色々な大きさのピーナッツ。 |
| 煙草。金色の箱に入った高い輸入煙草や、真っ赤な箱のシガロ。セロファンに包まれた箱たちは整然と棚に収められている。
ビスケット。埃を少し被っている。チョコレート。陽に焼けて褪せた文字。 ショコラータ・ショコラータ。 |
| そして、もちろん、色とりどりのキャンディーたち。スタンドの一番外側で四角い浅い仕切りの中に分けられている。
明るい白と橙は、弾けるような味のファンタオレンジ。 白にブルーの王冠が描いてあるのがシトロン。 真っ赤な包み紙に白の文字でコーラの名前が書いてあるの。 それから黒いのが、甘草のように少し苦くて得体が知れない。 |
| でも、今日は、その誘惑的なキャンディーたちに用はない。選ばなくてはいけないのは、透明なセロファンに緑の文字が書いてある包み紙のミントキャンディー。 |
| 夏の暑い日差しの中で、キャンディーは、どれも溶け出して包み紙にくっついてしまっている。けれど、ミントキャンディーだけは、白く、少し透明で、固く、包み紙の中で水晶のかけらのようだ。 |
| 箱の中に手を入れて、5つ、選んで。硬貨を一枚手渡すと、ポケットにその冷たい欠片をを入れて、歩き出した。ポケットの中で、セロファンの擦れる音がする。さりさり。さりさり。 |
| 急がず、真昼の街を歩いていった。道路には、観光客を乗せた馬車が一台。花で飾られた馬もゆっくりと通り過ぎていく。午後一時。路上から人の影が薄れる時刻。皮膚に直接突き刺さる熱気。髪も肌も服も、何もかもが燃え出しそうだった。 |
| しばらくして、少し奥まったところに人気のないカフェを見つけた。白いプラスチックの椅子に座って、ギャルソンに冷たい炭酸水を頼む。
日陰に座ると、急に風が心地よく、まるで燃え立つ路上の空気が嘘のようだ。座ったとたんに吹き出た汗が風にさらされて飛んでいくのが感じられた。 |
| 炭酸水を一口。それからポケットからミントキャンディーを取り出した。テーブルの上にばらまく。
さあ、どれにする? |
| おもむろに一つ選んで、包み紙を丁寧にはがした。半透明の白い鉱石を口に入れる。固くざらざらとした触感が、舌の上で少しづつ溶けるうちに、ミントの冷たい味わいが滑らかになり、広がっていく。 |
| 道路のアスファルトがゆらゆらと揺れ出した。揺れて黒いアスファルトが巻き上がっていく。渦を巻いている。透明な光が青く染まりだした。
これは凄い。当たりだ。 |
| 巻き上がったアスファルトは、濃紺に染まり、千切れて空中を流れだした。ゆっくりと。なつめ椰子の木は固い珊瑚樹のように突き刺さっている。空気が青く重くなっていく。ゆるやかにうねる。
息を吐くと気泡が上がっていくのが見えた。 |
| 目の前を巨大な雑魚の群れがよぎった。押し流されるようにして右往左往。黄色や赤やオレンジや。花模様のようにも見える。
ハイビスカスの緋色がぽとりと沈む。 水底は暗く、ざらざらとして静か。紫のイソギンチャクの花が揺れている。 冷たい水の花々。 |
| 巨大な魚が海底を腹でこすりそうなくらい低くよぎっていった。海底の岩の隙間からは奇妙な飾りを頭につけた生物がやってくる。頭についたその飾りをゆらゆら揺らしながら、前へ前へと進んでいく。
それに率いられているのはレースのように色とりどりの海藻をまとったパレード。人魚のパレードだ。 |
| 海溝は深く沈み、濃緑の柔らかな繊毛で覆われた岩石は要塞のように水中を伸び上がった。頭上の水面から見えていた太陽がどんどんと遠ざかっていく。
水圧は重く、青色はいっそう濃く、鮮明になる。耳にこもった音が響いていた。廃寺の鐘のように。一つ、二つ、三つ。遠くから。 銀色の気泡が口をつくと、アンティークの首飾りのように連なり、上がって行く。 |
| ぐらりと大きな波が襲いかかった。思わずふりむいて見上げると、鼻先に白い丸いものが突きつけられている。
ふうわりと芳香が漂った。 目を凝らすと、それは、白い丸いジャスミンの蕾の束だった。 ねえ、買ってよ、と赤いトルコ帽の少年は肩を揺さぶって言っていたのだった。 |
| アスファルトは太陽の光を浴びて燃えていた。真っ黒な溶鉱炉。透明な空気は熱気に満ちている。道路の向かい側のカフェのテーブルに並んだガラスコップが光を反射してまばゆく目を射る。
ぼんやりとしたまま、少年からジャスミンを買った。蕾ながらもその香りは鮮烈で、香りがしみ渡るとともに、目がさめていった。 手に触れると凍えているのかと思うほど冷たい。夏の日差しの熱が心地よいほどだった。 上々だ。 |
| ようやくして、まず、少年に渡したのが倍の値段のアレフ銀貨だったことに気づいた。けれども、それはもう気にしないことにした。彼は丁度よい頃合に目を覚まさせてくれたのだから。
路上には買い物客やシェスタから目を覚ました人々がそぞろ歩きをしている。腕時計を見ると3時過ぎだった。夏の日差しは傾き始めたばかりだ。カフェのテーブルではギャルソンを呼んで指を鳴らしているのが、あちらこちらから聞こえる。 |
| 4つのミントキャンディーをポケットにしまった。
炭酸水を飲んでしまったら、さあ、これからどこへ行こうか。まだ、一日は長い。 |
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この物語はカウンタ3001番を踏まれたあき様よりのご注文でお届けしています。拙い小品ではありますが、この夏のお伽噺を(季節違いですが)、お収め頂ければ幸いです。 |
| 画像: Perl
Box 様
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