アラブ・マグレブ・中東付近をテーマとした小説の紹介
 
離縁
「離縁」
ラシッド・ブージェドラ 著 
福田育弘 訳
国書刊行会
アルジェリアを代表する作家(訳者あとがきによれば)、ラシッド・ブージェドラのフランス語による作品。
暴力的なまでの性的比喩に満ちた描写の語りは、革命後混乱したアルジェリアの当時の(現在にも続く)状況をそのまま映し出しているかのようだ。
羊を屠るイード(犠牲際)において羊の首を掻き切る場面、小説全編に繰り返される流れる血の描写が、戦闘で流された血を想像させる。

「ラッシド」という青年が恋人に請われて自分の家族のことを語るという形で話しは始まるが、その回想は精神病院の記憶、屋根裏部屋の記憶、そして「彼ら」と呼ばれる<党>の秘密部隊のメンバーによる逮捕の出来事の間を縫って語られる。
回想は、「ラッシド」少年の母親が父親から離縁され、ラシッドの家族が混乱に陥って行くところからはじまる。少年は自分の母親、そして親族の娘たちへの性的関心を語り、酒浸りになって行く兄ザヒールへの憧憬を語り、ラマダン、イード、コーラン学校、そして革命への参加に至る過程を語る。短く強い言葉が印象的である。革命期のそして革命後も続く混乱、暗示されたクーデーターの日、旧弊なイスラム教の慣習、性的な抑圧感、また元は宗主国であったフランス人女性との関係から生み出される複雑な愛憎。

全編を満たしているのが、抑圧からの解放の起爆剤として使われているような性的な比喩だ。非常に強烈な、幼児的な執着を伴った性への目覚め。それを読んでいて常に思うのは、しかし、この解放が飽くまで男性の側からの視点に過ぎないように感じられると言うことだ。主人公は従姉妹や叔母、また実の母、そして義母の性的な欲望について語りはするが、それは外部からの視点にしかなり得ない。それは、「主体」ではなく「対象」としてしか描かれないものなのだ。そう言う意味では、性的な言語はそれだけでは何かに欠けると感じずにはおれないのである。



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