アラブ・マグレブ・中東付近をテーマとした小説の紹介
 
阿片と鞭
「阿片と鞭」
マムリ 著 
菊池章一 訳
河出書房新社
現代アラブ小説全集10。アルジェリア独立戦争の中に生きる人々の群像を描く小説。
戦争の始まった頃、主人公バシールは首都アルジェで医師をしていた。パリで学び、ヨーロッパナイズドされた知識人の象徴であるバシールは当初、独立戦争から距離を置いている。小説は、バシールのもとに、同郷の友人であるラムダンとの論争からはじまる。熱狂的に革命を信じ、肺病を患うラムダンは革命に関わろうとしないバシールを批判する。バシールの恋人はフランス人の女性である。バシールはアルジェで、高踏的な生活を送っている。
しかし、ラムダンの知合いの革命軍兵士が負傷したのを治療したことから、バシールは革命に巻き込まれて行く。治療をした兵士が捕らえられたため、バシールは自分の身に迫った危険から逃れて、故郷のタラへ帰る。しかし、タラはフランス軍の駐屯地となっており、バシールは、ついにはそこからも逃れて、革命軍と行動を共にするようになるのである。

知識人バシール、革命に陶酔するラムダン、バシールの兄であり、フランス軍に阿って日々の糧を得ているベライド、また、反対に革命に身を投じた弟アリの夫々の物語が平行し、絡まりながら小説は描かれる。
また、この物語には様々な立場の人々が現れる。フランス軍将校の視点、あまりに残虐な行いに耐えかねて脱走し、アリと行動を共にするフランス人兵士、ハルキ(フランス軍協力者であるアルジェリア人)であったが、「俺はハルキだが、やっぱり同じアルジェリア人なんだ」と革命軍に転身する小男ぶんぶん、バシールの避難していたモロッコで出遭う娘、イト。
−−阿片のあとは鞭なんだわ!
−−新聞が阿片を、そのあとで裁判が鞭を、ってわけよ。あんたの国でもそうじゃないの?

中でも裏切り者であるタイエブは終章に至って、フランス軍の傀儡としてのみの存在を超えて語り出す。村落の中で最も地位の低かった男が、フランス軍が村の責任者を立てることを要求した時、生贄のようにして差し出される。しかし、その地位が逆転した時、タイエブはフランス軍の力を縦にしてタラの村を支配し、FLN協力者を探し出すようになるのである。
裏切り者、として描かれながら、著者の視点は必ずしもタイエブを否定しさるものではなく、一個の人間として描き出す。

楽観的なものを感じさせない結末となって小説は終わるが、ここには、まだアルジェリア独立運動と革命の意義への信頼感が残されているように思われる。そう言った意味では後の世代の作家の作品よりも、この小説は明快である。
様々な人物、土地の描写にも力強さがあり、読んでいて引き込まれる作品。
特にベライドがパリで息子に言う言葉が印象的であった。

働くにゃ、仕事を見つけにゃならん。それから部屋が要るし、着るものも要る。ところが、パリじゃ、お前の恰好は可笑しいのさ、な、お前はすぐに自分で気がつくだろう。ここが奴らの国だってことに気がつくんだ。奴らにとっちゃ、お前は余計者よ。肌が褐色で、しゃべるのも、食うのも、奴らのようにはしねえ。そこで、いいか、お前はすぐに、壁にひっついて歩くようになる、なぜって、お前は自分の国にいるんじゃねえし、余計者だからな。ここはパリだ、何でもあるパリだ、だが、何ひとつお前のためにあるんじゃねえ。この国は奴らのものさ、俺たちのものじゃねえ。俺たちの国はアルジェリアなんだ、貧乏と洟ったれと涙と、裸足と、泣き女と見放された男たちの国−−それが俺たちの国だ、それがアルジェリアだ、アルジェリアだ、アルジェリアなんだ!……

(写真は内表紙です。)



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