アラブ・マグレブ・中東付近をテーマとした小説の紹介
 
バイナル・カスライン
「バイナル・カスライン」
ナジーブ・マハフーズ 著 
塙治夫 訳
河出書房新社
アラブ人なら誰でも知っている(小説を読む人なら概ね誰でも知っている)、ナジーブ・マハフーズの大作のバイナル・カスライン。
マハフーズは、エジプトの作家で、ノーベル賞受賞者。
この作品では少々保守的なエジプト人家族の日常生活が淡々と描かれ、エジプト独立運動とも関わりながら話は展開して行く。厳格に過ぎるほどでありながら、女遊びなどもする、二面性を内面化した父親、その父親に似てか女にだらしなく、いい加減な長男、生真面目で法学を学びながら、反英運動に身を投じて行く次男ファフミー、幼く無邪気な三男。こうして見ると、カラマーゾフの兄弟にもどこか似たところがあるか。
また、信心深く、迷信的な母親、容貌が悪いが家事を取りしきる姉娘、美しく皆から甘やかされている次女。
それぞれの家族の上にゆるやかに流れている時間。しかし、変化のないように見えていた家族に衝撃的な事件が起こり、この第一部は終了している。

これは故意になのか、それとも文を寄せている加賀乙彦の言うように、単調に過ぎる描き方なのか、はたまたアラブ作家には共通した特徴なのか、登場人物の性格については、あまり変化がない。登場した時と終了で、家族で内面的に大きな変化を見せる者はあまりいない。その意味ではいたって保守的な性格とも言える。これはディブの作品を見ていても、何となしに感じるところで、非常に変化の緩い世界が描かれている。
しかし、それは内面/家族内のことで、社会は大きな変化を見せようとしている。敢えて、日常生活から、その時代の変化を内側から見る立場から描いているため、登場人物自身はゆっくりとしか変化せず、その時代の急激な変化との差を浮き彫りにしようという描き方なのでもあろう。

「ラヤーリー」「グッバ(ジュッバ)」「コーヒーの集い」「ザグルーダ」など、エジプト人のみならずアラブ人の生活や文化の様子が描かれて面白い。当時はトルコ風というのがハイソなものとして受けとめられていたらしく、トルコ風の、という形容詞は肯定的であり社会の上流に近いものとして書かれている。ファフミーという次男の名前からして、アラブというよりトルコ風の名であるらしい。
結婚するまで、男は妻の顔を見たことがないという風習なども、決してエキゾティシズムではなく、内側から見て描かれている故に、共感はしないが、読んでいて理解は出来る気になる。

読んでから時間が経っても折りに触れ思い出される作品。



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