(c)蘭の会 詩集「なゆた」第二集

 
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右手物語



綿ぼこりを握りしめていた
お乳を飲むとき おっぱいを押した
初めの一歩 バランスを取るために前にのばした
泥まんじゅうを作った
じゃんけんをした
桜吹雪のなか母の手に包まれた
ハナハトマメと書いた

ともだちを殴った
火事のなか弟の手を握った
錆びた釘に貫かれた
涙をぬぐった

自由自在に鉄板を曲げた
ハンダでやけどして水ぶくれが出来た
皮が厚くなり指が太くなった
油にまみれた
お猪口を持ちタバコをはさみパチンコをした

柔らかな曲線をなぞった
暖かな血潮を感じた

赤ん坊の頭をなでた
肩車をした
へんな猿の落書きを書いた
みかん箱と鉄屑でそりを作った
子の手を握り習字を教えた
見送るホームで小さく振った

プレス機につぶされて親指だけになった
血管が浮きしみだらけになった
骨に薄い皮がはりつくほど縮んだ
こどものためにとちり紙に1万円を包んだ

喉の管を取ろうとした

冷たくなって

焼かれて


もう


ない












ある一夜



座卓にころがる
おちょうしが三本
テレビは巨人-阪神戦
おつまみは枝豆と鮭とば
外では蛙が鳴いている

夏の 夜
       

           (ストラーイック!バッター
            アウト!さあ最終回、巨人軍、
             最後の攻撃にうつります!)



おらの兄貴はの、ふたり戦死してんだ。船ごと海に
沈んでの、なんも入ってねぇ箱がばばに届いたもんだ。
おらか?んー、おらはでっけえ手術したばっかでさ、
兵役検査で落ちたんだ。 えがったってか?
なんもだ、非国民みてえなもんだ、まわりも
そんな眼でみんのさ。男はプライドちゅうもんがあるべ。
いや、いたたまれねもんだ。

しっかし、でっけえ手術だったっけのお
医者が言ったっけ、「こどもなんかできねぇべ」だとさ。
したっけ嫁なんか来るわけねえべさ?
四十過ぎてまで何回か見合いしたどもな、ながながさ。
それがそんころで言えばの、嫁き遅れ、のかあちゃと
一緒になることになったべ。茶だんすとちゃぶだいしか
ねがったどもな、かあちゃが嫁にくる前の日によ、
ボロ布で磨いたもんだ。 それなりに光るもんでの。

んだ。 やっぱ 嬉しかったのう。


     
          (ピッチャー振りかぶって投げた、
           打った、高い高い高い、いったーっ
           サヨナラです、サヨナラホームラン!!)



声が 遠ざかる
母はパジャマの私にもう寝なさい、という
もっと話を 聞きたいのに
もっと話を 聞きたいのに
もっと もっと・・・・


      *


医者にも見放されていたのに
姉と私が生まれた
  
なのにさいごのほうは
時々私のこと
知らない子のように見てたね

愛するひとたちに会えましたか

空のうえの 


父よ


著作権は作者に帰属する(ページデザイン:藤咲すみれ 素材:シナモン