(c)蘭の会 詩集「なゆた」第二集
0037 とかげ














おとぎ話




世界に雨が降ると
置き場のないままに置かれたかげが
ほんのひとすじ浮いた

しかたなくあしのゆびに
浮いたかげを縫いつけようともがいては
針に傷つけられるゆびさきの場違いな赤さを思い
また
かつて触れたかっただれかのことを想い
ほおにおちた雨のつめたさにさえ
むくわれようとしている
輪郭のにじむ世界の

いまにもくずれさりそうな気持ちのうちに
わたしはまたひどくだれかに触れたくなって
わたしとはちがう
ひとつのかげを持つだれかをさがす

世界には雨が降って
外と中を厳然と分けていくので
わたしは黙ってとけていることができない








手袋




はらってもはらっても
わたぼこり
うすら白くつもる

あかるくてあたたかい日に
そうじをする
ひざを抱える場所がない

空は青いけれど
どこまでがあおいのかわからなくなる

だからそうじをする

はらってもはらっても
うすら白くつもる
わたぼこり
はらってもはらっても
あまりよく飛んでいかないから
もうすぐ雨がふるかもしれない

冬にはかわくのだ
そしてとんでいく
わたぼこりとかそれに似たようなものぜんぶ

わたしはとんでいかないから
ともかくそうじをする

はらってもはらっても
わたぼこり
うすら白くつもる







うしろの正面



ああ、だれもいない

まっすぐな背骨のきみの
うしろの正面と言うところが
そもそも存在してはいけない

かつかつと
うしろ姿をむさぼる
虫たちの脚、あし

焦燥感にかられて
うしろを振り向こうとすると
背骨がわらう

背骨にあしは生えないというのに
かつかつと
背骨をくらう虫の
触角のつやつやしたこと

それから
するりとのびた
きみの白いあしのほね

もうだれもいない
わたしは
ふりかえってはいけない







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