(c)蘭の会 詩集「なゆた」第二集



 
 
 
 
 
 
 
 

オリーヴの予兆

 
 
オリーヴの予兆
斜め向かいに予兆が座っている
まなざしはオリーヴの苦味にとざされ
若々しい不満の翳るくちもと
青と白の陽射しに染まった皮膚

    話せますか
    いいえ
    それでは話せませんか
    いいえ
    違いますか
    ちがいます

何のなぐさめにもならない微笑で終わると
もう、
彼は行ってしまったので

    誰も隣に座りたがらない
    空席

行方の知れない問い掛けが辿りつくまで
繰り返すより他なくなってしまったのだ

    路上の熱を封じこめた中で
    音楽にまぎれて流れるように交わした
    他愛なさを
    贈り物にして
    それともあれは幻だったと言うのか

さあ、私のオリーヴの若木よ
灼けついた記憶よ
ここに来てお座りよ


 
 
 
 
輝く月
空腹が導く夕暮れへ
燃える尖塔のまぼろしに突き刺されて
時計の針に眩暈

誰にももとめられることなく
なにをもとめることもなく

ただ一人の断食月が空に燃えている
もうすぐ裏切られそうな
ささやかな
偽りの情熱で


 
 
 
 
 
 

遠い遠いあまりに遠く、と
バイダー
叫び

歌声にこの血が燃えている
ざわめき
浅葱の海のどよめき

けれども指先が辿ろうとすると
灼けついた記憶は
悪臭を放ち
決して許そうとはしないのだ

バイダー
囁き

その声が蜜のように
いざなっていると
海を渡ればその向こうに
翳りのない大陸が待っていると

踊りへと差し出された手のように

今もなお血はざわめいているのに


 
 
 
 
 
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