(c)蘭の会 詩集「なゆた」第二集




小夜
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URL * http://members.tripod.co.jp/fukidamarist(「吹き溜まる、自転車の道で」)


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時報

少年たちが体育館で玉転がしに興じている間に
雨はすっかり上がってしまった
閑散とした昇降口の
もう雫すらない傘立てに
ただ一輪の向日葵が首をもたげ
広がる午後を眺めている

下駄箱の中身は 日暮れにはすっかり入れ替わる
運動靴は忘れられるということを知らない
規則正しく少年たちの日々を運ぶから

厚みのある雲が魔法のように割れる
長い長い時計の針が雲間から伸びてきて
まっすぐに いま を差した



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積乱雲

あなたを食べてしまいたい
というのは何も比喩ではないのだと再び
知った
そうだ、また見ないふりで
通り過ぎようとしていたのだ

空腹だった
貫かれることでごまかそうとした
だらしなく剥かれる白目では
低い天井しか見えないだろうと、或いは
痛み、で

肌に
積乱雲のように赤みが広がり
酸っぱい雨を降らせていく
ぴりぴりと皮膚を刺す波に
巻かれ、さらわれながら
けれども私を愛でる指は
何故かいつも枯れていて
貫かれる時を知らずに
身体はばらばらになろうとするので、私は

思いを飛ばした、或いは
てらてらと膿に光る傷あとをあの低い天井へ
身体、が
砕け散らぬように

だが何故私はいつも
私で在り損ねるのか

忘れたころに落ちるのは夜、見知らぬ指が
熱を灯そうと試みたのを私は知っている
けれどかたくなな塊は
溶け出すことはなくただ
ぽっかりと浮かんだだけだった
流されはしたが
輪郭は残り
傷あとも残った
空腹も

赤らむ肌を掻きむしっては
酸っぱい膿に溺れてもよいが
しかしいつしか滑らかな皮膚が覆い
すべては無かったことになるのを私は知っている
そして何一つ消えはしないことも

あなたを食べてしまいたい
と何度も何度も願った
比喩などであるはずもなく
私は空腹だった
だが私は私で在り損ね
いつも私だけで在り損ね
通り過ぎては流されて
流されては熱を失い
傷を求めて刻みきれずに
白い皮膚に覆われるころ
再び空腹を知るのだ

雲が、空を広げていく

お腹が空いた



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サラダボウルの朝

ボウルいっぱいサラダを作って膝を抱えながら食べた。
草を削る虫みたい。シャクシャクシャキシャキ。
テレビはつけない、音楽も要らない、
歯に当たるキャベツがきれいに鳴くのだから。
こんな朝があってもいい。

返って来ないということは届いたかも分からないということ。
一方通行の泥道、しゃくとり虫のため息、
水溜りを這っていく。溺れているんじゃなくて、越えていくの、
泥まみれのお腹で水面を打てば、ありあまる光が砕けて跳ねる。
太陽がはしゃいでるのは微風が誉めてくれたから、いつも、頑張ってるね、って。
生きとし生けるもの全て、日々、無言の感謝を捧げていてもね、
そんな一言が必要な時だって、ある、きっと、ある。

ボウルいっぱいサラダを作って膝を抱えながら食べた。
顎でリズムを取るの、シャクシャクシャキシャキ。
口の周りにドレッシング、鼻の頭にも、
Tシャツの裾にも跳ねた。唇つけて吸っておしまい、
歯に当たるキャベツがきれいに鳴くのだから。
こんな朝があってもいい。

昨日、金平糖の親玉みたいなことばを投げつけてしまった。
舐めてみれば甘かったのかも、でも先に傷がついた。
荒げる声は嫌いだけど、痛いのはもっと嫌いだから、
仕方ない。でも謝らない。まだ折れない。もう嘘は要らない。
どっちへ転がるのか分からない金平糖、小さな女の子がいたらプレゼントしよう。
案外笑って食べてくれるかも、そう、きっかけは単純なこと、
しおれた草に実のなる朝が、ある、きっと、ある。

シャクシャクシャキシャキ、シャクシャクシャキシャキ。

かけすぎたレモン酸っぱい、
ささくれにしみて痛い、
口の中噛んで、剥けて、むき出しになる、内側、
見ないふり、できない、違和感、もう、知ってしまったから。
舌で確かめておしまい、今のところはね、
大丈夫、前へ進んでる、
知っているという事実、昨日とは違う果実、
食べてるんだから、きっと。
こんな朝があってもいい。

ボウルいっぱいサラダを作って膝を抱えながら食べた。
ボウルいっぱいサラダを作って膝を抱えながら食べた。
緑をいっぱい吸い込むんだ、草原にはなかなか行けないから、
光をいっぱい取り込むんだ、風のにおいを感じるんだ、
土に肌で触るんだ、虫のつぶやきを掬うんだ、
小さなものを抱きしめるんだ、
シャクシャクシャキシャキ、シャクシャクシャキシャキ、
届くかより先に叫べるかどうか、
あの空を割って響けるかどうか、
この手で、足で、むき出しの内側で、
泥まみれで、汗まみれで、傷まみれで、涙まみれで、
意地まみれで、卑屈まみれで、弱気まみれで、虚勢まみれで、
いい、それでいい、いい、かな、いい
いい?
シャクシャクシャキシャキ、シャクシャクシャキシャキ、
シャクシャクシャキシャキ、シャクシャクシャキシャキ、

大丈夫、
キャベツがきれいに鳴いている。



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