(c)蘭の会 詩集「なゆた」第二集
















Eメール yarita@mguad.meijigakuin.ac.jp


私は母を産まなかった
私は母を産まなかった
45年前の冷夏に 私は母を産まなかった
乳が張り 子宮が痛んだが
私は母を産まなかった
和紙にたたみこむはずの へその緒はすでに失われていた
そうして 私は母を産まなかった

私は私自身を産んだ
たった一人でいることの喜びと 自由という名の陣痛を味わいながら
私は私自身を産んだ
不可能などない夢
出ても打たれない釘
燃え続ける言葉たちが
生まれ出た
私は私自身を産んだ
私を焼き尽くすほどの 私自身を産んだ

私は 母を産まない私自身をやすやすと産んだ
中絶台のうえに足を拡げて 私自身を産んだ
一人だけであり続ける自分自身を祝福しながら
私は私を産んだ
稲が実を結ばない冷夏の中
たった一人で
私を焼き尽くすほどの私自身を やすやすと産んだ





DESIRE - 夢の蛇
あなたに夢の蛇を贈りましょう
ヴァニラのような甘い香りに包まれた 夢に交合した私の蛇を
もう戻れないほどに 夢の味を味わい尽くした
あらゆる姿態で夢に交合し尽くした 私の夢の蛇を

聞き慣れない欲望が足元から這い登り
見慣れない欲望が首に巻きついてきたら
笑い声をたてて 懸命に眠りに全力を傾けます
うろこのように爪をたて 耳をふさぎながら

逆光に浮かび上がり
裏声にかき消される
―決して見てはならないものたち
―決して聞いてはならないものたち

私の静脈から忍び込んで もう戻れないほどの彼方で
夢に欲望してしまった夢の蛇を
あなたに 氷の速度で 心臓を貫く速度で
ヴァニラの甘い香りとともに贈ります
薄青い血管のようなリボンをかけて
網膜に焼き付くほどの熱さで 贈り届けます

―夢と交合してしまった
―夢に欲望してしまった
その無残な果ては 引き裂かれてのた打ち回る蛇の腹のように
甘い血のにおいが 真綿のようにやさしく取り囲んで
そうして ありえないほどに安らかな 眠りと交合して欲望するのです

あなたに夢の蛇を贈ります
記憶に刻印されたことさえも忘れるほどに
夢に交合してしまった 夢の蛇です
甘い昏睡の欲望に包まれて
あなたに夢の蛇を贈ります







著作権は作者に帰属する(ページデザイン 芳賀梨花子)