(c)蘭の会 詩集「なゆた」第二集













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木枯




さはさはと鏡の面波立たむ冬紅葉散り果てし朝は


声のみの鴉去りけり木枯のしばし止みたるうすら真昼を


男ひとり立たせてみれば木枯らしの終点となる光の林


やや傾ぐ冬木に蔦の枯れてをり滅ぼし合ひしかたちのままに


盗みしてきたやうに手を隠し行く男たちだよ木枯のなか


大冬木細き枝より影となるむらさき凍りはじめる空に








手袋




小さな渦巻がする
するするする
冷たい水に流れていってしまったのは去年のこと

手袋をしてください
手袋をしなくちゃあだめですよ
手袋をした上から手袋をして
するのです
はい、
わたくし、手袋をします
今度はきっと逃しませんから

渦巻は手袋の中でいやいやをする
蒸発して逃げようとするから
息がつまって湿る
湿った手袋を洗濯機に放り込んで
ぐるぐるにしてしまえ
ぐるぐるにしてしまう

手袋ごと天日に干した渦巻に
指をくぐらせる
そうしてやっとわたくしの指
指と手袋の間で雲になる
渦巻
それでもわたくしのものですか?
少し、ずれます

そうっと指をぬいて
今年最後の薔薇にさわる
つめたい
花びらをぱりぱりとむしり取る
それから指をしまう
それきり

わたくし、手袋をします
今度はきっと逃がしませんから








それまでのあいだ




方法はあとで考えるとして。
とりあえず部屋をかたづける
カーテンをしゃっと引き開けて
はたきをかける
そして
押入から引き出した掃除機を
唸らせて
音が
ああ忌々しい
窓からほこりが
出ていくのか入ってくるのか
わからないけどまみれてしまう
そうだ体をきれいにしておいた方が
なにかとよろしいことでしょう
浴室の蛇口をいっぱいに
ひねる、
ひねる、
ひねる、
うずくまって
少し休む
足の爪を切るのを忘れていた
夜に爪を切ると親の死に目にあえない
という迷信を信じているわけではないけれど
気にして とても気にして
それでいて昼間のうちは足の爪のことなんかさっぱり
思い出さなくて
思い出せないことばかり増えて
今、切らなければ
日没がせまる
足の爪を
切る、
切る、
切る、
右の薬指と親指を深爪してしまった
なににあわてているのか
笑いごとだ
のどが渇く
台所で立ったまま水を飲む
ここは汚れている
なにがこびりついてこんなに。
食べたからだ
毎日毎日食べるからだ
ステンレスをこする
こする、
こする、
こする、
床に洗剤液が飛び散る
ああ拭かなければ
いや、その前に、
止めなければ
足が冷え切っていたから
つま先から血が流れていることに気づかなかった
もう止めなければ。
そう
冷えた足を両手に包んであたためてくれたのだっけ
足が冷たいと眠れないから
ゆっくりとよく眠れるように。
わたしはぬくぬくとあたたまって
うっとりと眠くなる
手のなかで
つま先は血を流しながら
痛みはない
けれども止めなくては
血を
ではなくて
ではなくて
ではなくてなんだっけ
浴槽からあふれ出る水
わたしはいつもあふれさせてしまう
だからいけないのだ
止めなくては。
蛇口をひねって水を止める
浴槽の栓を抜いて余分な水を流す
さあ
さあ
さあ
水の音を聞いて
ちょうどよいところで栓をする
息をつめてスイッチを入れる
点火は耳で確かめる
タイマーをセットする
さて
それから
死ぬ前にはなにをすればいいのだろう
そうそう、
床に飛び散ったものを拭わなければ。






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