(c)蘭の会 詩集「なゆた」第二集

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芽生え



朝起きたら
右肩の後ろにコブが生えていました
お母さんに見せたら
ああ あんたも大人になったんだね
でもここはやっかいな場所だわと言われました
お父さんには言えませんでした

セーラー服の襟が盛り上がってみっともないと思いました
諦めてそのまま学校に行ったら
男の子たちにジロジロ見られて恥ずかしかったです
保健体育の先生が廊下ですれ違いざまに
おめでとうと耳打ちしたので真っ赤になりました

家に帰ってお風呂場で鏡を見てみたら
下側に小さなコブが増えていて
お母さんがほらやっかいでしょうと溜息をつくので
今度からはお母さんにも言わないでおこうと思いました

夕方お姉ちゃんに手伝ってもらって
カッターで大きな方のコブを切り落としました
でも根が切れずに肩に残ってしまって
痕を火ばしで焼く時にキーと叫び声がしました

切り落とした血まみれのコブを開いてみたら
中から怯えた顔の少女が出てきて
泣きながら認めて下さいと悲鳴をあげたので
慌てて火ばしで焼き殺しました

小さなコブが疼き始めています





文句垂れ
田舎から種を送ってきたので
植木鉢に植えたら二葉が出て
花が咲いたらそれは母さんだった
母さんは相変わらずブツブツと
テレビを見ながら文句を言っている

 この俳優は演技が下手なんじゃないの
 もっと他に面白い番組はないの
 あんたそこ座ったら見えにくいじゃないの
 気がきかんね茶ぐらい入れたらどうなの

鬱陶しいので植木鉢ごと
母さんをベランダに放り出して
カーテンを引いてしまった
それでもまだブツブツと
遅くまで文句は聞こえていた

朝になってカーテンを開けたら
なんと霜が降りている
慌ててベランダを見渡すと
母さんが冷たく転がっていた
おい脅かすなよ大丈夫なんだろうと声をかけると
青ざめた母さんは弱々しく口を開いて


 気がきかんね温室くらい買ったらどうなの


なあ 母さん
もっと景気良く怒鳴ってくれよ
俺に茶碗でもぶつけてみろよ

いつまでもブツブツと
鬱陶しい文句垂れの母さんで
いてくれよ
そうしたら明日

新しいヒーター付きの植木鉢を買ってやるよ


 




分譲地の夜


山高帽を目深にかぶったウサギが2羽
突然 僕のアパートにやってきた

「分譲地を、お買いになりませんか?」

怪しいものではありませんから と
背の低い方のウサギは丁寧に名刺を差し出した

 うさぎ公社 月面不動産
 営業本部長 ウサ田ぴょん吉

頭から帽子を取るとウサ田さんの紅い瞳の中に
キラキラとした三日月のカケラが光っていたので
とてもハンサムなウサギだな と思った

分譲地というのは月面の土地のことだった
月のウサギは餅をついて生計を立ててきたが
最近 餅を食べる人が少なくなった上に
月見をする人も滅多に居なくなって見物料も取れず
切羽詰まったウサギ達は月面を分譲地として
切り売りすることを思いついたらしい

もう1羽の背高ノッポは気が早いらしくて
せかせかと手続き用の書類を出して
僕の部屋のテーブルの上に並べはじめた

「本当は地球から見えている面の方が
 綺麗なんですけどね。裏面の方が
 割安になっておりますです、ハイ。」

月までどうやって行くんですか と尋ねると

「カグヤ姫交通社の月面直行バスは
 東京駅の裏から毎日出てますから」

と言われて ああなるほどな と思った
でも僕は貧乏学生なんで
とても分譲地など買う余裕は無いです と断った
よかったら彗星のシッポもオマケに付けますよ と
ウサ田さんは魅力的な誘い文句を言ったが
値段は到底支払える額ではなく
僕のバイト代では100年はかかってしまう

残念そうに帰りかけたウサ田さんに
なぜ僕なんかに勧めに来たのですか と尋ねると

「だって あなたは アパートの窓から毎日の様に
 月を 愛おしそうに眺めていたではありませんか」

とニッコリ笑って ちょっと頭を下げた
白い2本の耳が 軟らかそうにおじぎをした

(大事に使ってくれる人の方が良かったんだが。。)
(やはり背に腹は代えられないですねえ。。。)

2羽のウサギがブツブツ言いながら
窓の下をトボトボ歩いて帰って行くのを
僕はなんとなく申し訳ない気持ちで見送った

それから数日後のある満月の夜
夜食を持ってコンビニから帰ろうとした僕は
ふと夜空を見上げて飛び上がりそうになった






  月が黒い水玉模様になっている!





僕は急いでアパートに跳んで帰って
この前もらったウサ田さんの名刺を探して
すぐ月面不動産に電話をかけてみた
ウサ田さんは しょぼくれた声で電話に出て言った

「いえね。私としては月を大事にしてくれる人に
 売りたかったんですよ。でも、他の皆がね、
 お金にならなきゃ意味が無いって ねえ。。
 可哀想に、あんなに真っ黒に汚されて。。。」

ウサ田さんは電話口の向こうで
ぐすぐすと鼻をならして泣いていた

それから僕は毎晩のように月を眺めていたが
黒い水玉模様は日増しにどんどん多くなっていって
月はとうとう夜空の群青色にまぎれて消えてしまった
それからというもの 地球では新月のように
真っ暗な夜が続くようになってしまった

小さな星たちが母親を亡くした子供の様に
寂しげに またたくようになった頃
僕はアパートの窓から
以前 月のあった辺りを
ぼんやりと眺めていた


今まで流すことのできなかった物が
急に僕の頬にあふれて落ちた






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