(c)蘭の会 詩集「なゆた」第二集




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「恋唄」 





海へ行こうと
誘ったのは
貴方でした



ゆっくりと
薔薇色に染まる空を
微笑みながら
見つめる貴方


その横顔を
見ていた私に

砂浜に転がる
白い貝殻の
暗く薄い唇が
そっと
囁いたのです






―――――――――――――このままふたりで逃げようか。
             
                わたし一人で消えようか。





唄うように
微笑うように



貴方は
何も知らない顔で
じっと
そこに
佇んでいて



優しい手のひら
甘い香り
苦しいキス
痛いぬくもり



貴方の愛に酔い痴れる
私に
貝殻は
尋ねるのです






―――――――――――――このまま信じ続けようか。
             
                いっそ終わらせてしまおうか。






すべてが薔薇に染まる頃
ふたつ並んだ影だけが
世界中から切り離されて


潰しても
壊しても

それは

亡くせないもの、のようで





唄うように
問いかける貝殻に




そろそろ答えを出しましょうか
 「ライオンの罪」 





春はいつかと
彼は尋ねた
春がやってくると
この傷が痛むのだと



昔
小さな動物に恋をした
そのとき
彼女を愛しすぎて
彼は心と
瞳に二度と
光を見ることができない
傷を負った



彼女は
白い体をしていた
長く細い
二本の耳と赤い瞳
他のどんなものよりも
彼は彼女が
美しいと思った
その姿を汚したくなくて
毎日毎日彼女に焦がれ
手に入れたい衝動に駆られても
彼は随分と
長い間堪えた


それでいいと想った
この願いは罪だから



自分を抑え
感情を隠し
彼女に悟られないように
密やかに



彼は彼女を愛していた





けれど
あるとき
彼はとうとう
彼女に触れてしまう



愛しくて
愛しくて
会いたくて
会いたくて



木陰で水浴びをしていた
彼女を見つけて



嬉しくて。



決して犯してはいけない罪を


犯してしまった





あれは春のこと
誰より愛しいものを
彼は
その牙にかけ
欠片一つ
残さず食べた



本当に
本当に
愛していた。


それは
食事ではなく
愛だった。


恋しいからこそ
抑えられなかった大罪





そうして彼は
断罪の為に
自ら潰した
両目を隠して


どんなものも
怯えさせぬよう
暗い穴に横たわり


春はいつかと
また尋ねる



この胸の
深い傷を思い出す
悲しい季節はいつなのか
教えてほしいと
頼むのだ


それは決して
決して犯しては
いけない罪





けれど
彼は忘れられない
彼女を自ら汚したのに
最高に甘美だった
あの味を。


それは
どんなものよりも
美味だった
それから他に
何も食べずとも
生きて行ける程に 
「桜の木の下」 





桜 

      桜



唄が聞こえる。


桜
   
      サクラ



誰かの声が。



君の唇とおなじ
僕の手のひらとおなじ
明け方の空に浮かぶ雲とおなじ
いつか見たサーカスで笑ってた
ピエロの服とおなじ色の



サクラ 

       サクラ



誰が謳ってる?



嬉しそうに微笑んでいる
君がその樹の向こうに隠れた
追いかけた僕の手の中に
一振りの桜の枝が 
       

       サクラの枝が



桜

      櫻

           サ ク ラ




この花の下で捕まえられたら
もう二度と離れたりできない






そんな気がして、必死に走った。 

著作権は作者に帰属する(ページデザイン:藤咲すみれ 素材:シナモンほか)