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オール  
舟と水素とモスコミュール  
六月  
細胞の憂い  































シーツ

宮前のん
 

わわたしね
わたしの
わたしの舟なのに
オールをね
オールを
お母さま
お母さまに
取られてしまったの
行きたくない淵や
怖い急流に行こうとして
だからね
だから
お母さまからオールを
取り上げようとして
お母さまを
舟から突き落としてしまったの

いいよね

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舟と水素とモスコミュール

佐々宝砂
 

モスコミュールに浮かぶ氷が突然はぜた。

わずかだが鋭い刺激が頬に飛び、
私はわざとではなく驚く、
たまには私を驚かせる出来事もあるのだと、

おそらく目を見開いているよりは、
目を閉じている方が驚きが、
などと言っている場合ではない。

舟がきた。

きみたちは舟に乗り込む。
その資格を持つ。
若く、可能性があり、未来があり、
いやそんなことは言わない。
きみたちには生殖能力がある。

おまえにもあるだろうとか言うなそこの若いの。

この薄まりゆく宇宙に
もっとも普通に存在する物質、
私はそいつに変身してみようかと思うのだ、
がんばればきっとできる、

私を燃料に飛び去りゆけ、
はるか認知の果の事象の地平線まで、
あたう限り飛び去りゆけ、

私は小さな水素になる、

モスコミュールの氷は溶けて、
もうはぜない。

私が雲散霧消する前に、
飛び去りゆけ、
舟よ、

昏い宇宙にラムジェットの帆を広げて、
舟よ、
私の眼の前から消えろ。

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六月

鈴木パキーネ
 

パレードの喧騒がこちらにやってきます
初夏 梅雨のすてきな晴れ間の六月
私は両手にいっぱい林檎をかかえて
大急ぎでドアを開けて
パレードに走り寄ってゆきます

お祝いなのですから
腕にあふれる祝福を
門出なのですから
胸をとびだす歓びを

街路樹には約束のように食べられる果実がみのり
(ああだから私の林檎は)
満たされたジョッキは歓声とともに飲み干され
(ああだからのこの声は)

男も女も
性別などは関係なく
あえていうならば
不要で

パレードの喧騒が過ぎてゆきます
明日は
この台風も温帯低気圧となり
やさしい雨を降らせるのでしょうが

その前にあの舟はでてゆくのです
私を乗せないままに

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細胞の憂い

伊藤透雪
 

愛の儚さを
家族の脆さを
我が身で実験した
フラスコの中で分離し
シャーレに俯瞰する
プレパラートに乗せた断片
人生は脆い微生物のようだ

過去をスライスし
顕微鏡で見ていると
何もかもが分裂していく姿だった
それでも
拡大して誰かの役に立つなら
あるいは
人類に貢献するのだろう

私のミトコンドリアは
流れ着いた舟のようだ
母からもらった
唯一の贈り物

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2018.6.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
画像/佐々宝砂