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旧友のように  
ハサミ  
薬指  
轍が光る雨の夜  
午後の会話  































旧友のように

土屋容子
 

ほんとうに、大切だと思える人と

関わってゆきたい

損得など考えず、その人のために

すっと、手をさしのべたり

時には、長い手紙を書いたり

急に会いたくなって電車に乗り、

小さな花束だけ持って、

ドアをたたいたり...


そんな、キセキのような友がいたら

人生おそれるものはない

だから、全力で祈る

君の健闘を健康を。

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ハサミ

宮前のん
 

夏のワンピース
急に思い付いて
青い花柄の布を
5メートル買って裁断
最初は前身ごろ
その次の後身ごろ
両方のスリーブ
えりは扇子のように
鋭い切れ味で
花模様のつながりを
バッサリと落とす
カタカタと走るミシン
さあ、週末には
これを着てあの人と
最後のデート
ちゃんと未練なく
裁ちバサミほど
潔く切れる
かしら

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薬指

佐々宝砂
 

神社の裏手の木々は
トレーシングペーパーの薄さ
むこうがわ街の喧噪が透けて
獣の影はなく

それでもいるとするならば
ここ

あの日
このささやかな林のなか
裂けちぎれ血にまみれた服のうえ
疲れ果てた身体を丸めて
あのひとは眠っていた

あのひとの薬指も長く
中指よりもまだ長く
鋭い爪はいつも何かで汚れていて
傷ついた私の背中は
じくじくと膿んで鈍く痛み
私の小さな部屋は
獣の臭いにむせかえった
父さんの臭いに似ていた

でも蜜月はひと月 たったひと月
満月がきたら苦労のはじまり と
母の予言が当たったのは癪に障るが

境内で一番大きな杉の根元
母の云う通り
素裸のあのひとがいた
用意しておいたコートを着せかけ
家に連れ帰る

夜更けて
月光に浮かぶ額の五芒星
内側から爆ぜるように
裂けてゆくシャツ
指輪をはめた薬指も
鉄輪をはめた首も
硬く茶色な毛に埋もれてゆき
瞳から知性が消え

満月がきたら苦労のはじまり と
母の予言は半ばだけが真実で
私は望んで溺れてゆく

それでも明晰なのは私で
私の長い薬指は
曇った獣の精神を
いとも簡単に支配する

愚かな狼よ
我が血族よ
私のため奉仕せよ

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轍が光る雨の夜

伊藤透雪
 

鼓膜いっぱいに響く冷たさ
降り続く雨に濡れ
信号の像もぼやける夜
道が微かに光るよう
何が光るのか
光っているのか

雨が好きだと言って彼は
心静かになれるから、と
遠い目をした
本当にそうなのか
思いは共有できなくて
ただ頷いた夜更けの部屋に
雨音が差し込んでいた

愁いを雨に流して
心を空っぽにして
前を見ることができるのなら
どんなによいだろう
雨を嫌う人々は雨に
光を見つけられないでいて
気分を落とし込む
道に光る轍は
アスファルトの上にもあるのだ
夜も照らされて光る轍に
雨水が流れる

今の私は耳を冷たく塞がれて
目を凝らさないとならなくて
アスファルトの輝きに
心合わせられない
雨音が聞こえないまま
雨の下で光を見る
ひとつだけを選択して
苦しみを流すことが
私にはできなくて
雨の下で立ち尽くすだけ

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午後の会話

鈴木パキーネ
 

煙がひとすじ煙突からたちのぼり
ひとひらの雲を追いかけてゆきます
雲はとてもとおいのです
煙は雲に出逢うことができません

雲はかるくなりたくて雨を落とします
お日さまが輝くときも
雲は必要とあらば雨を落とします
一滴だけ、ということもよくあることです

煙はただ漂うだけで
雲の落とした一滴の雨にも動かされて
かたちをなくして

ああ あなたは笑っていますね
煙は煙に過ぎないし雲は雲じゃないか
私はくちもとをゆがめて笑い返します

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2017.12.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂