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鍵穴の向こう  
夏休み恐怖特番と書いたらタイトル詐欺だ  
眩しい光に  
夏風  































鍵穴の向こう

宮前のん
 

うちのマンションの隣の部屋に
奇麗なお姉さんが越してきた
ドキドキしながら鍵穴から中を覗くと
そこには広大な砂漠が広がっていて
お姉さんは舌を出してはぁはぁ言いながら
蜃気楼のオアシスを追いかけている

試しにうちの部屋の鍵穴を覗くと
氷点下20度くらいのアラスカの平原で
父さんと母さんがそれぞれの氷山に乗って
双眼鏡で違う方向を眺めているのが見える

しばらくしてからもう一度 隣の鍵穴を覗くと
そこには青々とした草原が広がっていて
丘の真ん中でお姉さんが男の人と
手を繋いで笑い合っている
お姉さんは蜃気楼を追うのを止めたみたいだ

うちの鍵穴からは両親の氷山に亀裂が入って
とうとう流氷になったところが見える
父さんと母さんはそれぞれ違う方向に流されて行く
僕は明日までに引っ越しの荷物を
まとめなくっちゃならない

 

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夏休み恐怖特番と書いたらタイトル詐欺だ

佐々宝砂
 

枕の下に「飽きた」と書いた紙を入れるとか
部屋の四隅に塩を盛るとか
ぬいぐるみの綿を抜いて自分の髪と爪を入れて
風呂場でそれを滅多刺しにするとか

そんなことをしてもきっとダメなのだと思ってしまう
年取った脳髄にアルコールを注入し

夏休み恐怖特番についてかんがえる

なぜこの窓には誰もよりつかないのか
(二階の窓だからである)
なぜこの部屋ではPCの音しかしないのか
(誰もいないからである)
なぜ私はこんなに忙しくてしかも退屈しているのか
(生きているからである)

生きていることがすべての悪の原因ならば
それを解消したい真夏の夜にも
生きていろという声がささやいて

私はまた夏休み恐怖特番についてかんがえる

窓辺に誰かの影がみえる
(ここは二階なのでそれは妄想である)
しゅんしゅんというお湯が沸騰するような音が聴こえる
(ここにはガスもIHもない)
私は今だけは自由でそして案外退屈もしていない
(というのは嘘かもしれない)

もう何でもいいからやってこいよ
なぜ何もこないんだよ
不公平じゃないか
何がどう不公平がわからないけど

しつこく夏休み恐怖特番について考える
どう考えてもタイトル詐欺である

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眩しい光に

伊藤透雪
 

見上げると眩しい光に灼かれ
帽子を被り直し思い出すのは
山の里わすれない光
冒険の光あふれる故郷

眩んだ目を閉じると
廃校のグラウンドにフランス菊が満開
クローバーの群れが土を覆い
緑も白も土の色も鮮やかに映る

お姉ちゃん、という顔は笑い
きいきい声で怒ったかと思うと
勢いよく走っていく
白いランニングの後ろ姿の
振り返ればいつまでも若い父の顔

昭和の中に記録された様々
遠くなっていく度に指折り数える

呼ぶ声は皆んな心の中から
聞こえるのは頭の中から
見える記憶の日が浮かぶ

目を開ければ
ひとり占めしている
高い空の青さに浮かぶ雲を

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夏風

赤月るい
 

窓から夏の風が通り抜ける
あなたがやってくるみたいに
素足は泥まみれになる
スカートの中を手探りしては
朝の気配を見つける

一度も繋がらなかった線
あなたの首にかけて
そのまま轢き殺してしまいたい
優しい風は
毒にまみれているから

そうよ、私は気づいていたのよ
あなたの嘘も
交わる理由も
なのに優しい風のように
私の心の隙間から入ってくる

独り寝の朝に鳴く雀
声が聞こえるまでまた欲しくなる
夕暮れが待てないほどに
罪を重ねたくなるの
有罪の心地よさ

八つ裂きにされても
愛されたい女心

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2017.8.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
画像/佐々宝砂