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キュウリ  
塩のように愛する  
枯れても花色  
かわってゆくあなたのために あるいはわたしの 「冷気」  































キュウリ

宮前のん
 

スライスしたキュウリに
ぱっぱっと塩を振りかける
じわっとウスミドリの汁が出て
輪切りキュウリは萎びていく
私たちも
出会った頃はもっと
しゃっきりした関係だったよね
馴れ合いという塩を
長く振りかけられて
今では萎びた間柄
でも
結構、味が出て
美味しくなったと思うの
あと5分で
あのドアが開いて
慣れ親しんだ笑顔が
やってくる

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塩のように愛する

佐々宝砂
 

ぶつぶつと独白する王の足元に人形がころがる。
王の末娘を模した人形である。
王は何度も何度もその人形を所望する。

塩のようにわしを愛するといったな。
おのれの命のようにではなく。
黄金のようにではなく。
塩のように。

塩がなんだ。
塩などがなんだ。
そんなものは要らぬ。
とるに足りぬものではないか。

王は人形の首をねじり
足から胸にかけてぐるぐると鎖を巻き
蝋燭の炎で髪を焼く。
王はすぐに人形に飽く。

「焼肉をもて」

王の命であるから焼肉が持ってこられる。
王は焼肉に砂糖をかけ酢をかけ唐辛子をかけて口に入れ、
甘さと酸っぱさと辛さに涙を流し、
それからおのれの手のひらをちょっとなめてみる。

最初のうちはそれでもそこに味があったのだ、
今はもうない、
大切な、大切なもの。

命じても命じても決して運ばれてくることがない、
ささやかに白いものを思い出して、
王はまた涙を流す。

王の末娘はもういない。
王が殺したのである。
殺したがゆえに王はここにいる。

塩のない地獄で
王はまた人形を所望し、
人形はいくたびも惨殺され続ける。

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枯れても花色

伊藤透雪
 

暑さにあてられて
蒸されて膨らむか
からからに乾いて枯れていくのか
どちらにしろ私はひとりだ
色んな人と交わり
時を過ごしてきたけれど
殆どの時間をひとり過ごす
自分が選んだ道の末か
道の途中か
とにかく汗が流れる
口元に落ちてくる
雫はゆるく唇を舐めて
薄い塩気を残していく

べたべたした汗をかくとき
表情も固く塩気いっぱいになる
見知らぬ人たちに溢れた街角で
クラクラでガタガタで
座りたいけど座れなくて
吐き気までもよおしてくる
人の流れは淀みを押しては
通り抜けようとする
端からこぼれ落ちる中に
私は溺れているんだ
苦い水が鼻からのどに落ちてくる

だから
ひとりでもけして悔やまない
枯れたら枯れたなりに
付けた花の色を妖しく残す
風雨に晒されながら
生活の中 自分の速度で
歩くとわかる

さらさらと流れる汗をかいたら
今日は気分のいい日いい光
家に帰ったら冷たいお茶が欲しいな
からからの喉を潤して
しわしわの目を開けよう

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かわってゆくあなたのために あるいはわたしの 「冷気」

鈴木パキーネ
 

外は熱気に満ちて
梅雨時の湿気と雑菌の多い空気が
窓を閉めても
雨戸を閉めても
ゆうらりと侵入する

この部屋は冷蔵庫のように寒くて
それで充分だと思っていたのだけれど
まだ足りないのね

冷凍庫みたいに冷たくできたら
いいのだけれど
ミナミマグロみたいに
かっちんこちんにできたらいいのだけれど

この冷気のなかでもかわってゆくあなた
愛撫するだけで崩れてゆくあなた

地の塩たれと
ささやいてくれた日を思い出して

たっぷりの塩をかける
あなたが塩になってしまいそうなほどかける
白いカタマリになってもあなたはあなただから

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2017.7.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
画像/佐々宝砂