info@orchidclub.net
http://www.orchidclub.net/




パチンコ  
したたれ  
暁の瞳  
うそ  































パチンコ

宮前のん
 

上の名前は忘れた
下の名前はゆうこちゃん

音無しい優しい子で
まつげがすごく長くって
レースのスカート可愛くって
人気者だったんでオレいじめてた
その頃流行ってたパチンコで
どんぐりとかお尻にぶつけて
まつげの上の涙のしずく
こっそりどきどきしながら見てた


春先にゆうこちゃんちが
引っ越すことになって
家の前までお別れに行った
オレ一番の宝物だからって
あのパチンコを差し出した
ゆうこちゃんしばらく黙ってたけど
いきなりゴム引っ張って
オレの鼻先をパチン!と弾いた
びっくりして目をぱちぱちさせてたら
これでおあいこねって微笑んだ


オレやられたって思った
車に乗って行っちゃったあとも
弾かれた鼻がやたらムズ痛くって
鼻からもしずく
瞳からもしずく
すっげ止まらなかった


 

UP↑



















したたれ

佐々宝砂
 

生ぬるい湯が入ったゴムの風船、
それがわたしだ。
熱々だったことなんかないし、
凍りついたこともない。

手の届くところに何もかもがある。
肩こりの塗り薬(インドメタシン入り)、
豆乳で割ったウィスキー、
メンソールの煙草、
灰色のくたびれたカーディガン、
パンツ、
スマートフォン、
茶色な帽子がひとつ、
たくさんの本、本、本、本、
ニ穴パンチ、
それからこれはなに?

千枚通しだ。

木製の持ち手部分は油で黒ずんでいるが、
金属でできた部分はぎらぎらの銀色。
この部屋に誰かきたことがあっただろうか?
わたしの意志に関係なく、
この部屋にものが増えたことがあっただろうか?
ない。
そんなことはなかった。
ではこの千枚通しは、なに?

したたれ、と声がする。

わたしはわたしの指に千枚通しを突き刺す。
てのひらに突き刺す。
太ももに突き刺す。
抗えない命令に従って。

生ぬるい湯が入ったゴムの風船、
それがわたしだと思っていた。
でも。

わたしがしたたる、
赤いしずくがいくつもいくつも、
ぺちゃんこになったゴム風船から這い出して、
はじめての外の空気を胸いっぱいに吸い込む。

UP↑



















暁の瞳

伊藤透雪
 

暗闇が青く広がりはじめ
輝く瞳が開くとき
雲は幕間の役目を終える
香る低木に滴る雫は
輝きに一層匂いたつ
人も車も起き出して
繰り返す時計が刻む朝
けたたましく走り始める
今日、生まれ変わる
全てが昨日からスイッチする
酸素のある星で
入れ替わる昨日と今日の
見慣れた瞳さえ

UP↑



















うそ

赤月るい
 

雫にもたれ
雫に愛をもらい
雫の向こうにあなたをうつし
とうめいは
私を満たさない

雫に期待し
雫はわたしを愛して
雫の向こうの日々をこなし
わたしはいつも
空っぽで

誰も見ていない部屋
窓の向こうの雫はキレイ
わたしは何も欲しくない
雨が降らなければ
あなたのことすら忘れてしまう

今日も雫にうるおう私は
段々顔が歪んでいく

UP↑




















2017.6.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
画像/佐々宝砂