info@orchidclub.net
http://www.orchidclub.net/




感染る。  
うつしたい  
瞳の奥で  
  
うつろう  































感染る。

宮前のん
 

満員電車で隣の男の人が
突然
あああ、今日会社行きたくねえな
とつぶやいた。
あ、やばい。この人、独り言病だ
感染しないように
ジリジリと体の向きを変えて
窓の方を向く
と、今度は前に座ったお姉さんが
いやね、隣のオジサン臭いわ
とつぶやいた。
かなわないな、マスクぐらいしてよ
と、お姉さんの隣のオバさんが
旦那の定年退職日が私たちの離婚記念日ね、ホホ
とつぶやいた。
流行性独り言病だ、誰よ最初に持ち込んだの
こいつら皆、マナーなってねえな!
と、いつの間にか私がつぶやいていた。

 

UP↑



















うつしたい

佐々宝砂
 

手の甲に血がにじみ
血がにじみ
蟻走痒感に耐えかねてかきむしり
かきむしり

疼く指先に黒光りする疣状の器官
まだわずかな人類しか持たぬもの
はじけた血豆の薄皮の下
薄ら桃色の肉芽
これもまだわずかな人類しか持たぬもの

私は疣で世界を見
肉芽で世界を聴く

はじける血豆から噴出するものを
おまえにやろうか
ぜひともやってしまいたいのだ

おまえの目は新しいものを見る
かゆみと痛みのむこうに
おまえが想像もしない世界がある

UP↑



















瞳の奥で

伊藤透雪
 

心に映る記憶の陰影
水滴でさざ波たつ度
変わるマイクロフィルム
少しずつ色を失いモノクローム
音が遠ざかり
匂いと感触がタグに変わる

だから今日を
しっかりと写し取って
刻み込んでおきたい
遠くなる自分の記録を
ひとつひとつ忘れない
生きて
生かされて
生きた自分を
時々思い出したい
いつ来るかわからない
坂の下に着くまで

[暗がりでも目を凝らして]

UP↑





















赤月るい
 

あなたが
「あーーーーーー」
「あおーーーーー」と仰る
わたしは
口を同じように開き
「わーわーわーわー」
「Wawo-----------」のような響きにしてしまう

夜シーツの中でとけあって
肌も、眼も、腕も吐息もすべてを混ぜ合わせて
ぼんやりと真っ白に包まれても
身体の形はいつまでも歪
そっとそっと
心を無にしてあなたの腕に巻かれても
うつらないこの性

また同じ夕焼けをみました
うつる、うつる、遠くの空で
同じ橙を観ていたはずでした
ことばばかり重ねても 心と心が三角四角
溶けない性が一つ、二つ

世界はそうなりました
世界はそう、なりました

UP↑



















うつろう

鈴木パキーネ
 

満開の桜を最後に見たのは
いつだったかしら
と考えるまでもなく
それはきのうのこと

ときはうつろい
ひとはうつろい
季節はうつる

土筆はすっかりほうけてしまって
ただ胞子を飛ばすことしか考えてない
もともと考えてないか
土筆はただ土筆であるだけ

うつろう季節は
毎年似てるけど
毎年ちがって

それでもわたしの庭には今年も
ノビルがつんつん伸びて
カキドオシが淡紫の花を咲かせ
そろそろトマトの苗を植えなくちゃ

うつる季節は
予想通りのようで
でも予想は少し外れて

私もすっかりほうけてしまって
トマトの苗のことも忘れて
つんつん伸びるノビルをひっこぬき
味噌つけて食べようって考える

うつる季節を
おなかにおさめて
わたしの春

UP↑




















2017.4.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
画像/佐々宝砂