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蕪の葉  
油田はまだあったか  
プロメーテウスのおバカさん  

































宮前のん
 

ねえねえ ママ
あれなあに

 あれはねホタルと言うのよ

おにわでひかってるよ

 そうね光ってるの

どうしてひかるの

 さあどうしてかしらね

ちっちゃな火
ひとりでさみしそう

 あのね、ホタルはね
 死んだ人なの

だれかしんじゃったの

 ちがうのよ魂と言ってね
 死んでから誰かに会いたいなあって
 思った時にホタルになって
 帰ってくるんだって

じゃあしってるひと

 そうね、たぶん知ってる人よ

じゃあきっとお兄ちゃんだね
お兄ちゃんこんにちは
お兄ちゃんおかえりなさい
お兄ちゃんにあえて
ボクとってもうれしいよ
いっしょにあそぼう
ね ママ


あれ
ママ?


どうして泣いてるの

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蕪の葉

佐々宝砂
 

わたくしの心にだって情念の火くらいはありますのよと
微笑んで密集した蕪を抜く
抜いても抜いても蕪は密集していて
今日も明日もあさっても蕪の抜き菜がおかずですねと
やっぱり微笑んで蕪を抜く
微笑みを返してもらえないのはわかっていますのよと
蕪の泥をざっと手で落として蕪を洗う
小さな蕪を切り落としでも捨てるのはもったいないから
橙醤油に漬ける
蕪の葉はざくざくと刻む
フライパンに胡麻油をひいて
シラス干しがカリカリするまで火を入れて
切り刻んだ蕪の葉を手早く炒める
ほんのちょっとだけ塩
入れ過ぎたらシラスも蕪の葉も負けてしまいますのよと
青菜に塩みたいになってる人に向かって微笑んで
(ああわたくしは微笑んでばかりいる)
今日もお肉がなくって申し訳ありません
うちの財布にはお金がありません
食品棚だっていつもからっぽです
わたくしはどうやって火を維持したらいいのでしょうか
いえ維持しようと思わなくても火は燃え上がるものなのです
などとわたくしは申し上げたりはしなくて
かわりに食卓にどんと焼酎の瓶を置く

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油田はまだあったか

伊藤透雪
 

私の中深くに
暗い穴が開いている
そこにはもうひとりのわたしがいて
月光だけが差し込む
暗くて風も吹かず音もしないところ

でもかつて盛んに掘削しては
沸き出すものに火をつけていた
そして静かに火は絶えて
荒涼とした砂漠になった

でもまだ油田は尽きていない
深く掘り下げたある人は
とうとう見つけて喜んだ
黒く光る油田を掻き出しては
火をつけて高く炎を大きくして
熱く焼かれて火傷するまで
わたしを放しはしなかったのに
燃やし続けた油田のひとつは尽きて
まもなく別れの時が来た

このまま深く穴を掘って
その暗闇に身を横たえ
安堵して眠る方がいい
過ぎた時間は夢の中に置いてこよう

今はあっという間に去っていく
暗闇で物思いに耽るのも悪くはない
またいつか 違う油田が見つかって
誰かがやってくるなど
わかりはしないけれど

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プロメーテウスのおバカさん

鈴木パキーネ
 

火を盗ってきたから
ここで炎が燃えているのだと
プロメーテウスは言うのだけれど
プロメーテウスはおバカさんだから
火から離れて星を見ている

もちろん星はたいてい火なのだけれど
そうじゃない星もあるけどそれはさておき
とりあえず星はとっても遠い

遠い火
近い火
火にもいろいろあるけれど

プロメーテウスのおバカさんは
遠い火が好き
手に入らない火が好き
がんばらないと手に入らない火が好き

プロメーテウスのおバカさんはきっと知らない
私たちにごく近いところで
いえ私の内部で
火が燃え盛っていることを知らない

生まれたばかりのほかほかの赤ん坊でなくても
なにか知り染めたばかりの若いのでなくても
熱意などなくても

ここにはいつも火がある
私たちの細胞は常に
私たちが生きている限り燃え続け
プロメーテウスのおバカさんは星を見る

私だって
火の番をしなくていいなら星を見る

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2016.11.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
画像/佐々宝砂