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悼み夏  
ことのはの骨  
ルートの演算  
夏の雷雨に  
傷だらけの脛  































悼み夏

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九鬼ゑ女
 

しぐれ蝉は
今日も過去と今日をつないだまま
ミーンミーン
鳴き声を弾いている

「僕たちはココにいる」

…そう、
かつては僕も、そしてキミも
ココにいたんだ
ココで笑いながら夏と戯れていた

なのに
おろかな人間が落とした
たったひとつのアヤマチというもの
そのせいで
何十万もの尊い命の束が
一瞬にして…閃光の中に飛び散った

あの朝
空は澄み渡り
夏を彩る大きなヒマワリ畑の真ん中では
かくれんぼの鬼が半ベソをかき
鬼の後ろでは
くすくす笑いの声を殺してたあの子がいて
天満様の神社の境内では
蝉取りに夢中になっていた僕とキミ
洗いざらしのランニング
二人の背中には汗がぺたんこ
僕たちが狙ってたのは椎の木に張り付いた大きなくま蝉
「おっ、とったあ!」
キミが自慢げに笑った丁度その時だった

全ての時が止まった
全ての声が消えた
そしてあの子もこの子も僕もキミも
僕と、僕の目の前の何もかもが一瞬にして消えた


時代は移ろい
夏は過去のアヤマチを背負ったまま
今もミーンミーン、蝉しぐれを運んでくる

そして、8月6日の朝
人々は悼みを今日に結わえたまま
今年もまた青く澄んだ夏の空を見上げている

あたしは
ユーカリの鉢の影、
一匹の蝉を拾う
「僕は確かにココにいた」
最後のあえぎのように
ヒトコトだけそう喚いたあとだった

蝉はあたしの手の中で
静かに生を終えた

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ことのはの骨

汐見ハル
 

言葉は、骨だから
肉体が朽ちても
時に焼け残る
(骨をも融かす爆風というものもあったが)

砂粒にまみれたビーチグラスは
いつか誰かが棄てたがらくただったのかもしれない

繰り返し、くりかえす
言葉にならない幾つもの愛しさ
言葉にできない幾つもの歯がゆさ、苦さ

誰に向かって抛るわけでもないが

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ルートの演算

宮前のん
 

√4=2

√9=3

√16=4

√友達とのお昼ご飯代=きっちり割り切れる(割り勘とも言う)

√仕事の顔とプライベートの顔=だいたいは割り切れる

√似合わないのに買ってしまった夏の服=割り切れない思いが残る

√あなたとの関係=ずっと割り切れない


 

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夏の雷雨に

佐々宝砂
 

南の空に雷鳴
耳を聾する雨音
太平洋はここ以上に大騒ぎだろう
傘をさしているのだけれど
傘はすっかり無意味になって
重くなったジーンズの裾から滴る
靴の中はたぷたぷする
爪先がふやけて腐ってゆきそうな気がする
なにもかもだんだんどうでもよくなってゆく

南の空にまた雷鳴
瞬間的に明るくなる道に
なにかいる
曇った眼鏡のせいなのかもしれない
でも眼鏡は外したくなくて
とはいえ見てはいけない気がして
立ち止まってもいけない気がして
足早に急ぐ道がまた一瞬明るくなり

確かになにかいる
灰色のぼんやりした大きななにか
こどもがいたずらに描いたような
まんまるい目が瞬きする
傷口のような口がにやと笑う

叫んでも耳を聾する雨音
まだ誰も名付けたことのないなにかと
夏の雷雨に溶けつつあるわたし

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傷だらけの脛

伊藤透雪
 

いったいいつできたのかわからない
僅かな熱を持った腫れ物

自分とは別の何かがあるような
膨らみは次第に大きくなっていく
眺めているのは誰なのか?

どこでできたのかさえ覚えがない
塊のようで
膿んで柔らかくもあり
どこでできたのだろう?

砕けた棘がささくれて
内側から侵食してくるのは
癒えそうにない
いつになったら変われる?

私の脛は傷だらけだ
傷が時々ニヤリと笑う
取り戻せない時間はお前の業
だと嗄れた声であざ笑う

もう変えられない自分の内側
にできた腫れ物は
深く沈んだ夕暮れに
染まって青くなっている

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2016.8.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
画像/宮前のん