まじわる
番狂わせ
遺伝の端っこ
ちあらのはし
端っこ
まじわる
鈴木パキーネ
箸の使い方がなってない
箸がまじわる
まじわる
嫌い箸
ねぶり箸
迷い箸
握り箸
立て箸
そしてクロスする箸
なんど注意したか知ら
私だってきちんと出来てはいない
でも
ここでまじわる必要はないでしょうあなた
ゆうらりと
夕闇が落ちてきて
交わる箸を闇に閉ざす
番狂わせ
九鬼ゑ女
猛暑から
夏枯れに落ちたけふの朝
ふいにくらった 落とし穴
どうかしてるねと 後ろ指
指されたそばから
いい訳がべちゃべちゃとおしよせて
ずいずいずっころばし ごまみぞずい
この子かわいや
捨てません
けれど
風鈴うんともすんとも
少しシオレタ蚊取り線香も
いつのまにやら
ねたぎれで
やっぱり
ごまかされては
はしへはしへと追いやられ
遺伝の端っこ
宮前のん
昔っからの私の癖だ
右の腕をピッと伸ばすと
肘関節がコキッと鳴る
長く動かないでいる時ほど
辺りがシンと静かな時ほど
コキッと鳴らしてみたくなる
変な癖だと思っていた
私だけだと思っていた
けれど先日、散歩中に
突然、父が右手を伸ばして
ピッとコキッ
をやったのだ
四十年間知らなかった
癖の元は父だった
その父の癖の元は
いつから伝わったのだろう
たとえば江戸の町中で
剣を練習する侍が
ピッとコキッ
をしたかもしれない
あるいは平安の宮中で
お神酒を運ぶ釆女の一人が
ピッとコキッ
をしたかもしれない
望む望まざるに関わらず
こんなものまで遺伝する
どれだけ科学が進んでも
変わらず残るものもある
私は遺伝の端っこに居る
ひょっとして
何代も何代もたった頃
宇宙船の座席の上で
子孫の子孫のそのまた孫が
窓に広がる銀河を見ながら
ピッとコキッ
をするかもしれない
ちあらのはし
佐々宝砂
牛が不思議に騒ぐ夜があるの。
台風の夜でもないし地震の前触れでもない。
乳に血が混じったりもしない。
虫が多いわけでもない。
まあ牛舎なんてのはいつも虫だらけだけど。
夜なのにもぐもぐ反芻している牛たち、
眠りもしないでどこかを凝視している牛たち、
しかたないから御札持ってでかけるわけよ。
家の裏手の。
ちあらの橋へ。
血を洗う、と書いて、ちあらと読む。
誰が名付けたか知らない。
いつからそう呼ばれているか知らない。
なんてことない田舎の橋。
自動車一台がやっと通れるような欄干もない橋。
そんな橋のまんなかあたりにしゃがんで。
川に背をむけて。
持ってきた御札をぽーんと川に投げる。
家に帰ると牛は静かになっている。
それだけの話。
私の家ではそんなことを数十年は続けてる。
端っこ
伊藤透雪
行ってきますと家を出たら
何かが起きるなんて考えてなかった
鍵っ子の私は1人でいるのが当たり前
帰ってくるお父さんを待ってるのが当たり前
──お父さん倒れたんだよ
──お母さんは病院にいる
──とにかくおばさんが行くから
前の日お父さんと喧嘩して思い切り殴られた
お母さんは私を叱ったから悔しくて泣いたけど
あの朝お父さん何も言わなかった
違う日が突然やってきた
お父さんは眠ったまま帰ってきた
おばさんやおじさん、おばあちゃんも
お父さんを触りなさいと言う
冷たくて固くて胸が少しだけ温かくて
気持ち悪くて 変だ
嫌だ嫌だお父さんがこわい
動かないお父さんがこわい
お父さんは突然いなくなった
でも でも違う何か違う
だってここにいるのはお父さんだよね
まだ話してないよ、仲直りしてないよ
お父さん
前みたいにシャツの端っこをつかんで
ごめんなさいって言えば良かったの?
お父さんの写真が飾られて、お葬式が始まったとき
初めてのひとりぼっち
お母さんがいるのにどうしてだろう
お母さんとあんまり話してない
なんで叱られたのかわからない
お父さんともう話ができないね
でっかい背中のシャツの端っこないんだね
ごめんなさいも、なんで?も
喧嘩してあんなに泣いたのに何故か全然泣けないよ
いつもと違うからいつもの私でいられない
泣いても誰も見ていない
私は自分にいつもの自分を閉じ込めた
お父さんは胸の中で止まっている
私もどこかに行ったままだよ
服の端っこをつかむことができたなら
自分を見つけられるかな
2016.6.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂