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春から初夏へ  
温室栽培  
四月のブロッコリ  
花屋  































春から初夏へ

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土屋容子
 

風がかわった

どことなく
甘い匂いをふくんで
鼻をくすぐる

遠く見える公園のモクレンは
もう満開を過ぎ
開ききっている

ふと気づくと
ベランダ前の木が
固い小さなつぼみをつけていた


この子はだれだっけ?

そうだ
ここに咲くのは
白いハナミズキだった

初夏の始めに思いをはせ
愛らしいつぼみをみつめた

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温室栽培

宮前のん
 

頭がぶつからないように腰をかがめて
温室の入り口をそっとくぐる
通路に沿って並ぶ植木鉢の順番に
声をかけながら水をやるのが日課

一番目の鉢に生えているのはお父さん
仕事を辞めてから何も言わなくなって
立ち枯れというのかな心配してる
眼鏡が落ちそうなので直してあげる
その次はお母さんが生えている植木鉢
右腕の骨折は奇麗に治ったけど
そのせいか白髪が増えたように思う
少し肩をもんであげると嬉しそうだ
三番目の鉢には弟が育ってる
最近どんどん背が高くなって
着ている服が追い付かなくて笑っちゃう
肥料もたっぷり入れてあげる

そのあと家族以外の小さな鉢にも水をやって
根元に生えている雑草を引き抜いていく


温室の奥の物置きに目をやる
大きくて頑丈な錠前が光る
誰の目にも触れないように
鉢がひとつだけ入ってる
今日は水をやらない日だ


それから
カチカチになった土にスコップを入れる
最近は日照り続きだから
水はいつもより多めにかける


空気が
渇いてるみたい
 

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四月のブロッコリ

佐々宝砂
 

淡いレモンの花が霞む畑は
あきらめの産物
もう売れない
もう人間は食べようとしない
咲き誇ってしまったブロッコリの畑。

三月には走り回っていたウサギが一匹
まだ走る気は満々にあるだろうけれど
いまはすわっている
茶色な毛並み
白くなったことがない毛並み
レモンに霞む畑のなかで
茶色な毛並みは意外に目立つ。

せわしなく口を動かし
レモン色した花を食む
もちろん茎も葉も食べているのだろうけれど
花を食べてるようにしか見えない。

四月のブロッコリは菜の花より淡い
ぼんやり煙るレモンの花のあいまから
またぴょこんとウサギの耳。

そして走り去ってゆく
一月が去ったように
二月が去ったように
三月が去ったように

四月ウサギは四月ブロッコリを食べてきっとごきげんだ。

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花屋

伊藤透雪
 

日暮れ前
道の向こうに
仄かに温かい灯り
赤信号の間渡る前にしばらく突っ立って
ぼんやりと見つめていた


寄せ植えの花たちが窓から
覗いていたのと目が合った
開かれたドアの手前にブリキや古びた鉢
ハーブや小さな花がいて半分そっぽをむいているけれど
白熱灯の光にきらきら何か言いたげで

私が声を掛けるのをやめたのは
店の人が灯りの向こうに見えたからだ
見ているだけでも怪訝な顔をしていそうなのに
一層おかしなことになりそうだから
チクリと寂しくなった

ぶら下がった鉢から垂れ下がった葉が
艷を微かに残して青く染まっていく
黄色い灯りだけがわずかな光
店の人の視線を感じなくなった
そのとき花園の入口の
花に囲まれた四角い門が
うっすらと微笑むのを感じた

道を渡ってしまう間に
日が落ちて
門は閉じてしまうのだろうか
頭の中では話しかける言葉を考えている

そこは花園の入口ですか?

一言だけ浮かんだら
信号が青から点滅しだして
慌てて自転車のペダルを踏み込んだ
過ぎていく風景の中
網膜に写った花屋の入口が
浮かんだり消えたりしつつ
どんどん空は青さを深く沈めていく

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2016.4.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
画像/佐々宝砂