info@orchidclub.net
http://www.orchidclub.net/




徒花  
ショクダイオオコンニャクの島  
夜に咲く  
とおいはな  
マイクロフラワーの夜  































徒花

宮前のん
 

昨日ねえ
アタシねえ
缶詰開けたんだよ、夜中に
花の缶詰
知らない? 前に流行ったよね
ほら、あなたの人生に一度だけ
ひと花咲かせますってやつ
ただし、開封時期については
十分ご検討下さいってさ
それで昨日、誕生日だったでしょ
そうアタシ大台になんのよ、なったのよ
相変わらず独りぼっちのバースデーでさ
このまんまずっと花咲かない人生じゃ
あんまり可哀想だと思ってさ
ほら私、根っからの不器用だから
それに運ないしね
で、0時過ぎかなあ缶切りで
そしたらさあ、なんか萎びてるの
おかしいと思って缶の裏見たらさ
消費期限過ぎてたの
なんと昨日までだったのよ
たった数分の違いでさぁ
全くタイミング悪いよねえ
せっかくの花を
何年も暖め過ぎちゃって
大事にし過ぎちゃって
とうとう萎びさせちゃった
やっぱり私って
どっかダメな女だよねえ


  

UP↑



















ショクダイオオコンニャクの島

佐々宝砂
 

ラフレシアの夜という詩を書いたことがあったの。
ラフレシアが何の隠喩かなんてあからさまでしょう。
アモルフォファルスってのも書いたことがあるの。
でもこれだってあからさまでつまんないよね。

ショクダイオオコンニャクは臭いの。
きっと腐った肉みたいな臭いがするの。
世界一大きな花っていうのも嘘でしょ。
世界一大きな花序だもの、
あれはたくさんのたくさんの花の集まり。
そこにたくさんのたくさんの蝿が集まるの。  

わたしは見たことがあるの。
南の小さな島にショクダイオオコンニャクが咲く。
それはそれは大きな花序。
植物園にあるのなんか目じゃないわ。
ビルみたいに大きいの。
そこにやってくるのは蝿じゃなくて。
腐った肉をだらしなく垂らした腐肉たち。
たくさんのたくさんの小さな花に
たくさんのたくさんの腐肉が集まってくるの。

みんなショクダイオオコンニャクが恋しいのよ。
何の隠喩でもありえない臭くて巨大な花序が懐かしいのよ。
だからわらわらとやってくる。
水に浸かってぶよぶよしたの、
砂に灼かれて干からびきったの、
もうなんで死んだのかわからないくらい溶けきったの。

なめくじみたいな跡を残してやってくる。

蝿のように
ショクダイオオコンニャクの花序に落ちる蝿のように
みんなみんな落ちてゆくの。

ね。
あからさまな隠喩なんか忘れて
わたしといっしょに行きましょう。
ショクダイオオコンニャクの島へ、
冬がくるまえに、
まだここに熱気が残っているうちに、
わたしたちが腐ってゆく夜に。

UP↑



















夜に咲く

岸城るりる
 

烏瓜が白いレースを広げていた。
白粉花があっちこっちに紅さした。

でもそれは
もう過ぎた夏の夜のこと。

ピラカンサは色づいても
赤い葉はただ病葉だけで。

深夜の空はもう冬の装いで
ちらつくすばる、瞬くシリウス。

カタバミの花はぐっすり眠る。
ネムノキの葉もぐっすり眠る。

あるはずのフォマルハウト、
秋の一つ星は私の庭から見えない。

さみしい夜の庭で
タバコくわえてうろつく。

私自身がひとつの星
という残酷はここにはなくて。

不意に黄色が目に留まる。
待宵草の黄花。

夜に咲く花よ
まだそこにいてくれるのか
夏の香りをわずかにただよわせて。

UP↑



















とおいはな

鈴木パキーネ
 

はなは、たびにでるの。
とおいとおいたびに。

寝物語はいつも適当にはじまる。
昔むかしあるところにの定型を無視して。
こどもは聞いているのかいないのか
なかば目を閉じてときどきうなずく。

はなは、きれいにきかざるの。
どんなふくがいいとおもう?
あか。きいろ。それとも、あお?

そう。あおいいろがいいの。

あおいふくをきれいにきて、
いいにおいもほしいね。

あまーいにおい。
すてきなにおい。
こうすいをしゅっしゅ。

寝物語の落ち着きどころを探しながら
私は自分の顔の中央に手をやる。
あいつは旅にでてしまった。
真っ青な外套を身にまとって、
遠い遠いところに。

はなは、たびにでたの。
きっとしあわせにくらしてるとおもうよ。

こどもの顔にはまだ花がある。
いつまであることやら。

UP↑



















マイクロフラワーの夜

伊藤透雪
 

季節が陽の扉を閉め始め
寝室に降りる時間が早くなる
眠りの間に空は
どんな夢を映しているのだろう
小さな夢の集まりが
空に放つ光は暗く
一層孤独を照らしているよう
時の中にくるりとめぐる

私の夢に種が落ち
芽をふき花咲くのは
10ミクロンのマリーゴールド
薄皮のように広がって
包み込んでしまう
水さえ弾いて誰も入れない
誰の声も響かない
私の今は夜ひらく

なのに時計だけは
秒針でかき乱す
何度も夢に起きて
花を摘むけれど
たった10ミクロンの花は
捕らえて放してくれない
あぶくの中で溶けて
カクテルされて
朝目覚めるときは
どんな夢をみるのだろう
明日、何が

UP↑




















2015.10.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
画像/佐々宝砂