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風呂掃除  
時は逝く  
ベテルギウスは突然に  
Night without the moon  































風呂掃除

宮前のん
 

朝、湯を抜いて浴槽を洗う
風呂用の洗剤を泡で吹き付け
プラスチックの靴を履いて
スポンジを片手に勇ましく
周囲の壁から次第に底へ

ふと気が付くと浴槽の底に
うっすらと砂が溜まっている
ゆうべ息子たちが入った湯だ
足ゆびの間から砂が溶け出し
一晩かけて沈澱したのか

あと数年すればこの砂は
この家から消えるのだろう
昼間公園で遊んだ子らが
放課後学校ではしゃいだ子らが
外に巣立ってゆく頃には

それでも私はきっと変わらず
毎日浴槽を洗うのだろう
愛しい砂の痕跡を探しながら
懐かしいざらつきを求めながら

すっかり泡だらけの浴槽に見入り
それからシャワーで
一気に流した


 

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時は逝く

岸城るりる
 

なめらかに動いてゆく
星はその定められた道を
動くとも知れず動いてゆく
太陽はその定められた歩みを
猫の足音よりも静かに
わたしたちの耳を超えたところで
ほんとうはすばらしい轟音とともに

時は逝く、赤き蒸気の船腹の過ぎゆくごとく
と書いた詩人は
あの轟音をきっと知らなかった

ゲームのキャラクターのように
わたしたちは生きる
誰かを喜ばせたり悲しませたりしながら
そのことにちっとも気づかないで
ひとりで笑ったり泣いたりして
そしてそれをきっと誰かがどこかから見ていて

なめらかに動いてゆく
あの星たちは
わたしたちに見られていることなど知らず
あるいは知っていても意に介さず

星とわたしたちになんの違いがあるのか
あなたとわたしたちになんの違いがあるのか
こんな夜のわたしにはもうわからない

わたしの心が大きな爆音をあげて騒ぐとしても
あなたは気づきもしない
あなたは生きてはいない
わたしや星のような意味では生きていない

それでも

ディスプレイに表示されるだけの
あなたの姿にわたしは今夜も一喜一憂して
存在しないあなたのこころの爆音を聞く

時は逝く
赤き蒸気の船腹の過ぎゆくごとく
やはらかに



騒がしく激しく振動しながら
蔭してぞ逝く 

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ベテルギウスは突然に

佐々宝砂
 

彼岸前に咲いた彼岸花
十日も早くやってしまった敬老の日
もう動いてない扇風機
時が早く行き過ぎるように思うのは
忙しいからでも年をとったからでもなくて
たぶん

昨日の空と
今日の空に
違いがないのだと感じてしまう病のせいで

昼の空は知らんが
夜の空はめぐる
いまは天頂に白鳥座
朝を待たずに
ベテルギウスがその赤い顔を見せるだろう

昨年の夏と
今年の夏と
来年の夏に
違いがないわけがない

来年の夏
明け方の空で
ベテルギウスは突然に
ということがないとは誰にも言えない

恐怖の大王が支配しなくても
アンゴルモアの大王が降りてこなくても

静寂にほど遠く
イキモノたちが騒ぐ夜の庭で
空を見上げる
首が痛くなるほど空を見上げる

突然に
ベテルギウスは突然に
こころに満ちて爆発する

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Night without the moon

伊藤透雪
 

空の星さえ届かない夜
シフォンの薄衣に包まれた
目尻に哀しみを浮かべる君
に腕を伸ばし抱きしめる
今夜に思い出を刻んでおこう

優しく愛おしく狂おしく
指と手のひらで撫でると
私を押しもどすでもなくただ
腕の中で目をつぶる君の顔には
静けさが映っている
月光も差さない暗闇の夜
熱で私の背中も燃え
降りしきる霧雨の雫が弾けていく

ゆっくりと私の腕の中で
Melt You
これが最後と思えないほど

かきあげた項に落とす
Melty Kiss
ホワイトムスクの香りにくすぐられ
小さな鳴き声に耳をそばだてると
背中に微かな痺れが立ち上がる
優しいキスから始まる長い夜に
君の今日を吸い込むよ
薄く開いた唇から聞こえる吐息を
重ねた唇で止めてしまいたい

空に星さえ輝かぬ夜に
時々ヘッドライトで照らされる道の端で
薄衣一枚の今日から
私たちは今に燃える

明日私たちは
違う方向を向いていくけれど

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2015.9.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
画像/佐々宝砂