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冬のカナリア  
ひとり  
私はひとり  
帰りたい  































冬のカナリア

宮前のん
 

その黄色い鳥は
どこか暖房の効いた部屋で
ぬくぬくと飼われていたのだろう
うっかり青い空に憧れて
まんまと抜け出した挙げ句
猫にでも襲われたか
白い雪の積もった朝の小道で
ボロボロの羽をバタつかせ
点々と赤い血を引きずる

毛糸の帽子を脱いで
そっと包み込むと
溺れそうなクチバシで
あたりを突きまわし
それでも
目だけは空のずっと高みへと
昇っていく

いいかげん
気づかなくてはいけない
お前は、カゴを出ては
生きていけない者だった
はじめから判っていた
傷付いた羽は
自分で舐めるしかないのに
お前の舌は歌うばかりで
何の役にも立たなくて

ふんわりと編まれた帽子の中で
もとは柔らかくはばたいていた羽が
次第に堅く萎れて
積もる雪と同じ温度になってゆくのを
ただじっと待っていた



 

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ひとり

佐々宝砂
 

ひとり、は飛べるが、
ふたり、は飛べない。

雨のなかに手を伸ばすと雨姫の声が聴こえる、
きゃっきゃと笑いながら、
誰かをダンスに誘っている。
眠ったままのこどもが浮き上がる。
雨姫のところへ。

雨姫のドレスは暗い。
流れるしずくが
見えるか見えないかのくらさで。

どこかあまり遠くないところで鳧(けり)が鳴く。
夜に鳴く鳥は夜を飛ぶだろうか。

雨姫のダンスにはリズムがない。
あるいはひどい変拍子なので私にはリズムがわからない。
夜鳴く鳥が合いの手を入れる。
私にはわからないリズムで。

浮き上がったこどもが両手を天に伸ばす。
雨姫がその手を取る。
連れていかないで。
ううん。
連れていっちゃって。
その子が飛べるうちに。

ひとり、は飛べるが、
ふたり、は飛べない。

私は目を閉じて眠ろうとする、
そのまぶたに、
圧倒的な波が押し寄せる、

ふたり、でも
溺れることはできるかもしれない。

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私はひとり

伊藤透雪
 

肩を上下させながら静かな息
背中を向けて眠る君の背中
そこに生えた白い羽根に
手を伸ばしても届かず
ちりぢりに消えて霞
いつも触れられず
朝目覚めるとき
傍に君はない
私の小鳥よ
君はもう
夜の幻
白い
夢            
            闇
           新月
          雲間も
         静かな夜
        無言のまま
       私を見つめて
      唇を重ねた日を
     狂おしく反芻する
    重ねた夜を数えても
   何かが足りないままだ
  いつの間にか輝く両目は
 未熟な私を射抜くに充分で
君には単なる日常であろうと
 私にはいつまでも続く喜び
  君の気まぐれも我が儘も
   愛おしく胸にいだいて
    遠い未来も喜びの中
     小さな痛みだった
      夜毎結ばれては
       キスに溺れた
        ひとときの
         苦い舌を
          あまく
           残す
            朝
過去を縫合しても
前には戻らない
それでも私は      
君を解剖し心の源に手を伸ばす
項、肩、背中、腰、尻、太腿から
脹ら脛、足首そして爪先までの
皮を剥いで筋肉を押し広げて
神経を掻き分け開胸器で開く
脈打つ心臓君の中心に私の手
指先にやっと手に入れた私だけの君
握ってしまえばもう放さないよ
長い夜を切り裂き悪い考えは既に放り投げた
白い肌の下に青い血が流れて赤になる
死に向かいうっすらと汗がにじみ
悲鳴に似た声も全て覆い被さって
静けさに満ちてゆく
       
私はひとり    君を解剖する
   白々と明けるその日まで
    そして全て奪いたい
      君の謎全てを
       今夜も              
私は         この手に
メスを持つ

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帰りたい

赤月るい
 

かなしい涙をながす
夕暮れ
鳥が珍しく群れてどこかへ飛んでいく

六月の雨の夜
あの人
しなびた背広を風にたなびかせ
帰ってくるわ
帰ってくる
私という羽衣の中へ

時計の針が進みゆくままに
夜が来て、朝が来て
私の胸元からこぼれていた涙
都会のアスファルトに消えていったの
しずくの形すら残せないで

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2015.6.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
画像/佐々宝砂