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苦くて、あまい。  
あまいプレゼント  
Two of Cups  































苦くて、あまい。

宮前のん
 

弟が週末、家を出て行くそうだ

たった二人の姉弟だった
ずっと二人で、小さい頃から両親の店を手伝ってきた
遊びに行く友達の背中を羨ましげにじっと見ていた
弟は肉親だったが、同時に同士でもあった

その弟が今週、家を出て行くのだ
結婚したい娘がいるのだと言う
親の猛反対に遭い、大喧嘩して
弟は娘を選んだのだ

弟の部屋は私の隣だ
左右対称に作られたその部屋は
すでに家具も何もかも無くなって
がらんとしている

ふと見ると
床に小さな包みと手紙があった
「元気で、また来る」
弟らしいあっさりした内容
包みは娘が選んだのであろう
箱を開けると甘い匂いがして
チョコレートだった

昔、よく取り合って喧嘩した
強いのは弟だったが
ズルイのは私の方だった
卓袱台に置いてあるオヤツのチョコに
わざとツバを付けて「予約」した
弟は泣きながら抗議した
もう喧嘩することも出来ないのだ

西日が差し込む弟の部屋で
小さな1つだけを口に入れると
甘くて、ほんのり苦かった

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あまいプレゼント

佐々宝砂
 

手作りではまずいと思っているから
またゴディバにするのもなんだと思っているから
あえてメリーのチョコレートを買う

こどものころ憧れだったから
メリーの横顔がとても好きだったから

ラッピングは適当
いちおう贈答品売り場で働いたことがあるから
半回転包みだってできるのだから
でも簡単に渋目のアンティーク調の袋に突っ込んで

シールはきちんと
丁寧すぎるくらいにきちんと
きちんと貼る。

あなたはたぶんいろいろと疑っているから
不審げに包みをとりあげて
中身を見て
手作りではないからきっとひと安心して

ひとつくらいは食べてくれるんじゃないかな
いくらわたしからの贈り物だとわかってたって
だいじょうぶ
それは食べてもだいじょうぶ
きちんと甘いきちんとしたチョコレート
きちんと貼ったシールと同じくらいにきちんとした

チョコレートの袋を郵便受けに放り込んで
いつもの日課の音声チェックメールチェックその他もろもろ
それから
ゆっくりと非常階段を登り登りつめ
屋上の貯水タンクをこじあけ
月毎の赤い
赤いあまいものを投入する。

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Two of Cups

伊藤透雪
 

注いだ力強い味のワインは
微かに煙草の香りがした
キスの中にも
ふたりで同時に味わう煙草の舌
唇を寄せては
喉を震わせる

 −あまいチョコレイトより
 −ルビイ色のワインと
 −芳醇なペコリーノ・トスカーナチーズ
 −時々スパイシーなクリームチーズを一口二口、
 −一輪挿しには深紅のバラを一輪

日が落ちていく
味わい尽くしたふたりは裸で
何度も繰り返す
 じきにざらざらした酸味
    の混じるキスを
          深く
           
もどかしいほどに頬をすり合い
 ときどき耳元に囁くあまいことばの数々
  呼吸は浅く胸が弾ける

夕日に透ける赤ワインの輝きは
 薄く開いた唇に向かって
      降ってくる
  狂った時計の夜へ
  息が止まるような間に
  腕は当たり前のように抱きしめ合って
      黙ったまま心通わせていたい

いつもと違う言葉に事実はいらない
ただ今の真実だけを
手のひらに包んで柔らかく繋がれば充分に


 いつの間にか うたた寝した翌朝
カーテンに光が差している
 でも今は ひたとくっついたぬくもりに
       包まれたまま丸くなりたい


 −テーブルには輝くグラスが一つ
 −空になったグラスが床に一つ
 −夜に二人の脱ぎ捨てた服

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2015.2.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
画像/佐々宝砂