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小指  
小女子の指  
Trace  































小指

宮前のん
 

朝起きたら私
足の小指の爪になっていた

爪切りもペディキュアも後回し
なのにタンスの角にだけは
一番にぶつけられて痛いのなんの

隣の指で姉さん爪がせせら笑う
あんたっていつも貧乏くじね
その隣で兄さん爪は黙ってる
母さん爪は皆同じだよって言う

今日は爪切り
いつものように
父さん爪から順番
この足に居る限り
私が一番になることはなくて

ほら、やっぱり最後


 バチン




この足に居る限り

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小女子の指

佐々宝砂
 

細い指先は白魚
ではなくて
小女子ずらと笑った
なんだか節くれだって
黒いから
細いことは細いのだけれど

小女子の指で葛をしごく
おばあさんもそのまたおばあさんも
小女子の指でこうやってしごいた
でこぼこや葉や小さな芽をしごいて落とす
小女子の指がアクでさらに黒くなる

七輪に薪をくべる
大きな鍋にたっぷりの水を張る
葛の茎を煮る
忘れるくらい煮る

それから葛を寝かせる
土のうえにススキの布団をかぶせる

白くほっこりと黴びた葛をとりだす
なんともいえない臭いがする
小女子の指できれいにきれいにすすぐ

それから粗い繊維を乾かして
束ねて
売りにゆく
ほんのわずかな日銭のために

それからその粗い繊維を
似たような小女子の指が染め上げる
似たような小女子の指が織る
そうして葛布(かっぷ)ができあがる

おばあさんの指は
まだ葛の繊維の粗い感触を覚えていて
ざらざらと小女子の黒さだ

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Trace

伊藤透雪
 

部屋中に木の葉が降り積もる
人差し指の先から生えては枯れ
ささやく言葉が残酷な夕暮れ
冬の温度と震える

唇に当てた指も
頬を撫でる指も
顎を上げる指も

刺激が通った記憶の残骸
鈍い痛みが走り抜けた跡

忍ばせた指で花を摘み
蜜を吸うハチドリの甘いため息
胸を紅く染めていくのを
伝う指は今の生を止めようとする

それはあなたとわたしと
それはだれとあなたと
それはだれかとわたしの
どこかで繰り返される
僅かな死
刻々と過ぎる過去へ渡される
生は何も交差しない

降り積もる木の葉は
行き交い枯れながらも
なお
指先で幻の灯火を輝かそうとしている

幻は満たされない
霞のように脳裏に焼き付くシーンの連続
フィルムに映る 唇の吐息は音 風は無
向かい合っているつもりの
好きだと括られるもの
真実は少しずつ涸れていく

額を合わせたところで
その時それからの月
欠けていくのは
夕暮れと共にやってくる

木の葉をつまんでくるくると回してみれば
いつだったか秋の公園で
胸をつかんだ人の指が
二人を分かつと告げていたのが見える

重ねた汗は汗
脳裏に残るのはいつも幻
あなたの脳裏に映るのはなんだろう
あなたの指先に何が残っているだろう

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2015.1.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂