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骨の記憶  
おとぎばなし、その後。  
姉たち  
かぐや姫症候群  































骨の記憶

汐見ハル
 

貝殻骨だった、
たぶんわたくしたちは
一対の、
ひとりのにんげんの、
一部をかたち造っていた

少しばかり器用な右肩
それがあなただったのかもしれない
あのくぼみが
左より少しだけ磨り減っていた

いささかのろまな左肩
それがわたくしだったのかもしれない
纏う肉が
痛みを訴えるのに気づかないまま

あなたに守られていた

わたくしは今、
ひとりのにんげんとなって
わたくしのいないあなたの、
左肩に、
顎を載せて

わたくしたちは今、
ふたりのにんげんとなって
おたがいのいない片方の、
肩に、
今、初めて
互いの重みを
知らせる

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おとぎばなし、その後。

宮前のん
 

風がボロボロの布きれを
どこからか運んできて
すぐまたどこかへ運び去ってゆく
焼けこげた大地の上には
昔の姿を想像できない融けた塊が
あちこちに散らばっている
すべては一瞬だった
自ら動くものは何もない

かつてシェルターと呼ばれた箱が
どこかに埋められているらしい
丁度大型のキャンピングカーほど
辿り着けたのはたった一組の家族
たぶんしばらくは生き延びたのだろう
サージと呼ばれる高圧の熱風が
換気扇から入ってくる直前までは

おとぎばなし、その後
かつて自分達の住む星を
オモチャにした者たちは去り
それでもそんなちっぽけな事には
おかまいなしに星は回り続ける
雨が降り風が吹いて
日が当たり霜が降りて

朽ちてゆくものたちに混じって
土に還れないプラスチック
意味もなく光るステンレス
朽ちられないものはその孤独を
誰かに誇るかのごとく

宇宙の海で独り漂う星は
寂しげに瞬き続けていく

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姉たち

佐々宝砂
 

末の娘は末の娘なので
どんな失敗をしても許されます
開けてはならない箱を開けてしまっても
池の水をうっかり飲んでしまっても
くしゃみしたあと神の名を唱えなくても
閉じてはならない扉を閉じてしまっても

ほら森の木陰から池の深みから
たくさんの救いの手が
小さなミソサザイ
賢いカケス
ノルウェーの茶色い熊
虹のうろこの小魚
夜空に光る月にいたるまで
みんながみんな末の娘を助けることでしょう

姉たちは姉ですから
どんなことをしても失敗します
開けてはならない箱を開けてしまう
池の水をうっかり飲んでしまう
くしゃみしたあと神の名を唱えない
閉じてはならない扉を閉じてしまう

それで姉たちは罰されます
姉たちは姉であるがゆえに
ミソサザイに突かれ
カケスには馬鹿にされ
ノルウェーの茶色い熊に半殺しにされ
虹のうろこの小魚に水をひっかけられ
夜空の月は顔を隠し
姉たちは闇の中をうなだれて歩きます

姉たちはわたしの同胞です
わたしも姉たちのひとりです
闇を歩くのはいたしかたありませんが
せめて顔をあげてゆきましょう

姉たちのひとりとしてわたしは進みます
姉たちのひとり
足が大きすぎただけの普通の娘と腕を組み
姉たちのもうひとり
薔薇ではなくバイオリンをほしがっただけの普通の娘と声をあわせて

罰された姉であるわたしたち
成長しても
焼けた鉄の靴を履いたお妃になるわたしたち

顔をあげてほほえんで
進んでゆきましょう
昏い方へ
昏い
昏い方へ

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かぐや姫症候群

伊藤透雪
 

病室の窓から黄色い落ち葉がよく見えた
たくさんの実をつける並木の下
拾う人たちが何人か
散歩の許可が出たら
あの道をゆっくり楽しむだろうに

何にでもかこつけて悲しむのが
日常の戯れ言なら
ずいぶんのんびりとしたものだ
実際はその悲しみもすぐに消えて
ゲンジツはピシャリと鞭を振るうのだ

今も昔もひとり
誰も見舞いに来ない病室は
柔らかい秋の光がカーテンごしに
天井を照らしている

 ─あんたそれかぐや姫症候群よ
 ─なによそれ?
 ─結婚したいけどできないんでしょ?
   いまの彼とどうするの
            もう何人目よ
     そうやって煮え切らない男
     ばかり好きになって

友達はいつも話すたびに最後は呆れる

並木道を子連れの女性が歩くたび
胸が滲みるように冷たくなる
あんなふうになりたかったのかな

 彼と、夫婦になって子どもを育てて
       パパとママになるって

 でも彼は
    産科病棟には来ない
          一度も
   
   きっとこないと
  どこかでわかっていたけど
   ひとりで子どもを産むって決めたのは
     自分

      黙って何も言わなかった彼の
     背中に
   既視感で揺れたまぶたの底で
  やっぱり、って思ったら
   私の決めたことは誰のことでもない
    この子に罪はない
     
  結婚なんて
  たぶんうまくできないよ

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2014.10.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂