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コピーロボット  
喪失  
痒い夜  
ねぐらに差し込む月  



























コピーロボット

汐見ハル
 

鼻を押すだけでできる
もう一人の自分

星明かりの届かない部屋で
額を合わせて
身代わりの記憶を共有する

もう一人の自分の痛みを
わたしは遅れて痛みとして知り
いくばくかの罪悪感を覚えたことは
わたしの額ごしに伝わっただろうか

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喪失

宮前のん
 

夜中にね
パソコンに向かって
あなた宛のメール書いて
すると決まって
左耳の奥で
耳鳴りが始まるんです
キぃいいいいいいいいいいいいいいいいんんんんん
って
最初は飛行機が
頭の上飛ぶみたいに大きくて
そのうち少しずつ
少しずつ小さくなって
最後の方になると
もう
かなり耳を凝らさないと
聞こえなくなって
あれ、
どうして耳凝らして
聞いちゃってるんだろうって
不思議
でも、あの日
あなたを乗せた飛行機が
段々と空の向こう側に消えていくのを
飛行場の展望台から
目で追いかけて
眺めていたみたいに
ずっと
いつまでも
いつまでも
追いかけて

そして

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痒い夜

佐々宝砂
 

アトピーを掻きむしることのほかに
何ができるわけでもない夜
手の甲をがりがりと掻けば
私がこぼれる

私であったものが
はらはらと床に落ちて蓄積する

少し血の滲んだ指に絆創膏を貼って
いざ寝ようと布団を敷いたが
またも痒くて眠れない
指を掻いたがまだ痒い
足を掻いたがまだ痒い
顔も背中も胸もお腹も
肛門のまわりまで掻いたが
それでもやっぱり痒くてたまらない

どうやら痒いのは布団の下の床である

しかたないので布団を片付け
布団の下のカーペットも片付け
板張りの床をがりがりと掻けば
ぼろぼろと床板がはがれる
ああ掻くってきもちいい
欲望のおもむくままに掻きまくる
掻いて掻いて血が滲むまで掻いて
ふと思い出す
旧約聖書レビ記の一節

あわててぼろぼろになった板を布で覆い
カーペットをもとに戻し
布団を敷いて
無理矢理に目を閉じてみたが

今度は夜が痒くてたまらない
そこにここに
あっちこっちにあって汲み取れない夜
その夜自体が痒くて眠れない
さてどうしたものか
レビ記には対処法が書いてあっただろうか

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ねぐらに差し込む月

伊藤透雪
 

日が足早に影を連れて行く夕ぐれ
汗ばんだ首筋に這う陽炎のなごり

腕の時計にはルミライトがついていない
私の24時間を刻む赤い飛行機
はいつの間にかわたしを遠くまで連れ出してしまう
わたしの刻は過去を抱きしめながら
       夢を紡ぐのだけど
いつまで経っても 織りあがらなくて、

 (織りあがったら
 (きっと
 (群青に三日月が溶融鍍金で錆びない夜
 (と肩から流水が流れ落ち白地に
             編み込まれて
             いけば完成
 (キリリと結んだ帯の小箱
 (に何をしまおうかな

いつの間にか眠りに
         落としてきた
            三日月

が暗(くらがり)峠に引っかかっている気がするの
あんな急勾配なんだもの
木に引っかかって今頃
烏につつかれているに違いないわ

薄暗くなるまで眠って
(あらもうこんな時間

 (夢の中に閉じ込めた飛行機雲
 (はどうなるの

 「それは明日の陽に訊いて。




※暗峠:http://bit.ly/Urwncg

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2014.8.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂
画像/佐々宝砂