info@orchidclub.net
http://www.orchidclub.net/






交差点のリリィ  
パッチワークガール。  
ふたつの窓から  
  



























交差点のリリィ

宮前のん
 


大阪市東住吉区桃ケ池通り3丁目4番地

そこが、ゆりさんの定位置だ
ゆりさんは、まだ68歳だけど
アルツハイマー病になっちゃったので
家族が知らないうちに 
いつの間にか抜け出して
3丁目4番地の交差点に座りにくる

昔は桃ケ池という池があったんだと
タバコ屋のヨネばあちゃんが言ってた
埋め立てて道路が鋪装されるまでは
なかなか粋なデートスポットだったんだよ 
と 意味ありげに口の端のシワで笑ってた

食事することも 
トイレに行く事も
日本語すら満足に覚えて無いゆりさんが
なぜか3丁目4番地に行く道だけは覚えていて
気が付くと道の端にしゃがんでいるので
この界隈ではちょっとした名物になっている
昼間は車がそんなに通らないから
今の所、問題にはなってないけど

太陽すら熱射病になりそうな日でも
ゆりさんは、ちゃんとそこにしゃがみこんでいた
蝉が木陰で昼寝するような時間に
日傘もささずに危ないじゃないかと
ちょっとした慈善心と好奇心で僕は近付いてみた
「何を見てるんですか」

すると 
ゆりさんは(理解できないはずなんだけど)
僕の方をゆっくりと振り返って、こう言ったんだ
「花が。。。」

ゆりさんは 
うっとりと 交差点の真ん中あたりを眺めている
その時、僕には見えた気がしたんだ
ゆりさんの瞳に舞い散る桃の花びらが


ゆりさんには 
ひらひら舞い散る桃の花びらだけが真実なんだ
花びらだけが、ゆりさんにとって意味のあるもの
食事も、疎まれる家族の視線も、太陽の光も、
何ものも、ゆりさんを幸せにはしない
ただ、ゆりさんの瞳の中の花びらだけが
彼女を幸福にしているのだ


うだるようなアスファルトの照り返しの中
僕はしばらく、ゆりさんの横に立ちすくんで
道路の遠くに浮かぶ逃げ水の様子を
そう、ただぼんやりと眺めていたのだけれど
ゆりさんは、それっきり全然しゃべらなくなって
うつろな瞳でどこか遠くを見つめていた


蝉の声がさわがしくなった

UP↑



















パッチワークガール。

佐々宝砂
 

布と綿からできている
糸もすこし
ボタンは顔にふたつ
かるいおつむに入ってるのはかるい綿
君はかわいいパッチワークガール。

だって君はしょせん布と綿だもの
風に舞う
じゃないな
強風が吹いたら風に飛ぶ
かるいおひめさまでも
空飛ぶ王女でもない
君はかわいいパッチワークガール。

ひらひらひるがえるリボン
ひらひらひるがえるフリル
ひらひらひるがえる君を作るためには
多大な技術と時間が必要なのであって
つまり君は決して自然な存在ではなく
人間の英知のそれなりの結晶なのであって

だから君を愛でずにはいられない
全く意味をなさないほどに色とりどりの
つぎはぎの
とにかくかわいらしいものを寄せ集め
つなぎあわせた
君はかわいいパッチワークガール。

UP↑



















ふたつの窓から

伊藤透雪
 

僕のふたつの窓にまで
生い茂ってきた蔦を

   視界が広がるように

ハサミで切っていく放課後ひとり

ちぎるよりも残忍に
 遊びという残酷な葉を
  一枚
   一枚
    切り刻んでは
    放り投げる
          葉

 窓から
  ひらひら
   くるくると風もないのに
        舞い踊る

桟から
   落ちるのは七色の雫
   丸く虹を帯びて
         落ちていくんだ

僕の 昨日と 一昨日と 過去のある日から
僕の ノートは 蔦がまとわりつき
新しいページは埋まってしまった
 誰がしたの
 たぶんそんなことじゃなく
まとわりついた気持ち悪さ
が嫌なだけだ

 雫ひとひら赤いのは僕の気持ち
 傷だらけの手から
         滴る

窓の下には

いちりんだけバラが咲いている
 揚羽蝶がときおり寄ってくるのを
  僕は上から羨ましく見ていた

そして季節が変わると花は
            散っていく

ぼくも一枚、
    執着を脱ぐ
    窓からカサカサと鱗を落とすと
     半透明のぼくのテロメア
     が短くぷつんと切れていく

命は軽い

いつ何時失うかわからない
死にたいって幻も持ったっけ
     思うだけの天井で

夕日が出たから僕は家に帰る
そしてだれも来ない    天井に
また一枚脱ぎ       捨てる
 恐れと不安の殻を

 (卵に戻れるならどんなに、)

暗い夜を抜けて
すっかり脱け殻から出たら

僕は生まれ変わる

明日にはまた人の姿で
  少しだけ違う僕で

UP↑





















赤月るい
 

どしゃ降りのあと
今年も見ぬまま
桜は終わってしまったかと、思いつつ
近くの公園に足を運ぶ

頭の上の桜の木の枝から
落ちてくるのは
誰の雫だろうか

透明な雫は
私の顔の前で
いつも醜い色に変わる

ひらひら
落ちてくる花びらが
薄桃色の桜の花びらだった時
私たちは
ふと春に救われる
けれど

ひらひら
今年の夜桜の下でも
見えていたのは
色のない空と
欠けたままの月

夜の匂い
雨の後
群青色の苦い風の味だった

帰り道
人に踏まれ
アスファルトにこびりついた
桜の花びらを見た

UP↑




















2014.5.15発行
(C)蘭の会
CGI編集/遠野青嵐・佐々宝砂